これからの日本には、仕事を視野に入れた教育が必要

「教育の『意義』とは」――本田由紀先生(東京大学)

(神奈川の教育の未来を語り合う「かながわ人づくりコラボ2013」<2013年11月9日、神奈川県立神奈川総合高校にて>で行われた教育講演より)

今日は、「教育の『意義』とは」というテーマですが、この中で、一番私が申し上げたいこと、「教育の現状―見失われた『学び』の意義―」について述べていきます。

 

学力か?人間力か?

 

日本の教育を語る際には、「学力形成」と「人間力形成」という2つのキーワードが用いられる傾向があります。学力か?人間力か? どちらが大事かという議論がこれまで繰り返されてきました。

日本のこれまでの「学力」というと、知識や問題を正確に解く力をとことん身につけさせるために、知識注入的な、まるで精巧な自動機械に仕立て上げるようなものだったと思います。一方、「人間力」というと、コミュニケーション能力、意欲、主体性といった、非常に抽象度の高い言葉で表されてきたように思います。私は、これら2つは、いずれもこれからの教育を語る際のキーワードにならないと考えています。

 

「学力」というものは、何が優秀で何が優秀でないかということを決めていく基準です。そこに90年代半ば以降、人間力や、生きる力というもう一本の軸が、立ち現れてきました。たとえばキャリア教育と呼ばれるものですね。

 

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ところが、この学力も人間力も、学校では習得が保証されず、多くは家庭やあるいは学校外教育に期待されてしまうことになりました。それが今の日本の教育の現状です。


その結果、日本の教育において、家庭の経済力の格差や、親御さんが自分の子どもに手をかける度合いに基づく格差が、顕在化してしまっています。

 

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片や、人間力形成の面では、高校生に「やりたいことを見つけなさい」というメッセージがキャリア教育などを通じて幾度となく語られる中で、高校生は「そんなことはわからない」「どうやったらやりたいことを見つけられるんだ」というような不安に駆り立てられている。そういうデータもあります。

 

日本の教育には、意義や有用性が希薄

 

経済成長がおぼつかず、収入が減り、仕事に就けない若者が増えるという、この日本の今日の社会の現状をにらんだとき、「学力」でも「人間力」でもない、3つ目の、非常に重要な教育の意義というものを考え直す必要があるのでないかということを、私は常々考えています。それは「仕事を視野に入れた教育」ということです。

 

そのためには、教育には、現在の生活や将来の仕事に対する、はっきりした、目に見える意義や有用性を持たせ、具体的な知識やスキルを形成していくことが必要と考えますが、このことは日本の教育においては非常に希薄なように見えます。

 

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社会のリアリティと直結したような教育を行うためには、手間もかかり、試行も必要です。しかもそのための公的な資源投入は日本では非常に少なく、先進諸国の中でも際立っています。財務省は、ただでさえ少ない教育予算をもっと切り下げようとしている。ぎりぎりの形で成り立ってきた日本の教育をもっと希薄にしていいのか。非常に疑問に思っています。

 

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教育の出口にも多くの問題がある

 

教育の意義の希薄さは、小中高校だけの問題でなく、大学教育においても同様です。大学数の増加、大学進学率の上昇に伴う大学・学生の多様化と格差化の問題など、質の保証ができない状況です。大学の出口についても、非常に問題があります。就職できない、就職できてもブラック企業だったというようなことが起きている。つまり、労働市場の“荒れ”が目立っているのです。

 

そういう社会情勢をにらんだとき、学力と人間力形成という、いわば学校教育の中でのきれいごとで、教育方針をいつまでも語っているべきではありません。様々にほころびの目立っている現代社会の中で、これから子どもたちや若者が希望を失わずに生きてもらえるためには、最低限何を伝えていくべきかといった切実なところから、教育というものを見直していただけたらと考えています。

 

実際、教育から仕事への接続においては、いろいろと問題点が見られます。
  


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社会のリアルを伝える教育を

 

非正規社員の増加とかブラック企業とか、暗くなるような資料ばかりが並んでいます。こうした現状を良くするために、どのような方向を進んでいくべきか。私の考えは、「教育と仕事の新たな関係の構築」ということです。

 

まず、社会の「リアル」を伝える教育の「意義」の向上が必要と思います。学力も人間力も、教育の意義としては抽象的です。もっと生々しい社会の現実を見据えたい。社会の「リアル」には明るい面もありますが、暗い面もある。あなたにそれを乗り越えていってほしい。耐えて生き延びてほしいといったことをしっかり伝えていく必要があるのではないか、と。

 

私が一番気にしているのは、子どもや若者の大半は、このような労働市場の“荒れ”の真っ只中で仕事に就かなければならない、ということです。しかも仕事を視野に入れた教育は、国際比較でみても日本は非常に薄いのです。そこを、特に高校以上の教育においてはもっと考えていく必要があります。仕事を視野に入れた教育が、高校に展開・拡充されるとすれば、その前段階の中学においても、それに対する準備の教育内容が進められるべきだと、なるでしょう。そのように、いろいろな段階で、仕事を視野に入れた教育が、次々と前倒し的に進められていく必要があると思います。

 

仕事への「適応」と「抵抗」が重要

 

とりわけ、高校生以上の仕事に対する意義のある教育を考える際に、私は2つの重要な側面があることを忘れてはいけないと考えています。一つは、仕事への「適応」です。適応とは、仕事にかかわる知識や技能を身につけ、仕事の現場で求められているような柔軟な振る舞いができることですね。しかしもう一つ大切なことは、仕事への「抵抗」です。職場にうまく適応する方向だけでなく、間違ったことを「それは違う」と発言できる若者になってほしい。言い換えれば、労働法や労働者の権利に関する知識と、それを実践する方法や建設的批判とノウハウを身につけてほしいということです。

 

そういう職場での「適応」と「抵抗」という2つのことを、学校教育の中で教えていくということが大切なのではないでしょうか。そして、「適応」であれ「抵抗」であれ、みんなの協力なしには実現できないということも同時に教える必要があると思います。つまり様々な人との協働を通じて、うまい仕事の運び方も世の中を変革すべきことも実現できるということを伝える必要があるということです。

 

社会に貢献したいという若者の気持ちに応えたい

 

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もう一つ大切なこととして、若者の社会に貢献したいという気持ちに応える教育というものがあると思います。特に東日本大震災以降、高校生の間で社会の役に立ちたいという気持ちが強くなっているというデータがあります。

 

彼らの貢献したい、具体的に社会の中で自分の力を発揮したいという気持ちに応える教育制度も、考えていく必要があるのではないでしょうか。

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