工業高等専門学校におけるキャリア教育の実例

NPO法人キャリアデザイン研究所・副理事長

元(国立)沼津工業高等専門学校キャリア支援室

現・沼津工業高等専門学校 学校運営諮問委員

キャリアコンサルタント・産業カウンセラー

村松 正敏

 

工業高等専門学校は、技術者を育成する高等教育機関として、求人倍率、就職率が非常に高いため、充実したキャリア教育を行っていると思われていますが、実際にはいろいろな課題を抱えているようです。キャリアコンサルタント・産業カウンセラーである、筆者は、母校である沼津工業高等専門学校で「キャリア教育」に関する授業を実施しました。ここでは、これらとともに、他の高専や大学・高等学校からの依頼で行った事例も交えながら、その取り組みを紹介いたします。

◆筆者プロフィール

筆者は、工業立国日本を支える「中堅技術者を育成する」目的で昭和37年に全国に12の国立工業高等専門学校が開設された際、その1つである「沼津高専」の第1期生(電気工学科)として入学。卒業後大手の精密化学工業に入社したが3年ほどで技術職から営業職に異動したことがきっかけで50歳の時に関係子会社に移籍、役員(営業本部長)として退任するまで一貫して営業部門に在職。関東、中京地区の多くの法人営業を担当する中で多くの企業人と接触を持ち議論してきたことのひとつが「キャリア教育」である。現在の「キャリア教育」が単なる「就職内定獲得対策」になっている傾向が強いように思われ、キャリアデザインや自己実現、さらには自己理解、コミュニケーション向上といった側面が疎かになっているのではないか、との危機感も感じ、母校のキャリア教育をはじめキャリアコンサルタント・産業カウンセラーとして、母校以外の高専、地元(千葉県柏市)の高等学校や大学でもキャリア教育を実施してきた。現在は主として厚生労働省認定の「まつど地域若者サポートステーション」にて若者の就労支援相談を担当している。

<連載第1回>高等専門学校の就職状況とキャリア教育

◆卒業後の進路は、就職が6割、進学が4割

 

日本の産業の発展と科学技術教育のより一層の振興を図るために、昭和37年に、全国に12の国立工業高等専門学校が設置されました。高等専門学校(以下、高専)は深く専門の学芸を教授し、職業に必要な能力を育成することを目的とし、豊かな教養と専門の工学とを身につけた幅広い場で活躍する多様な実践的・創造的技術者の養成を使命としています。中学校卒業を入学資格とした5年間の一貫教育を行う学校で、現在は国立(独立行政法人国立高等専門学校機構)が51校、公立が3校、私立が3校存在しています。

 

創立当初は、卒業後の進路は、就職することが大半で、進学希望は大学の3年次への編入する道くらいしかなく、しかも、大学編入は至難であってクラスで10%程度しか進学できる門戸は開かれていなかったのが事実でした。そこで、より高度な科学知識と技術を深めたい学生のため、5年間の高専教育の上にさらに2年間学習する専攻科が1992年(平成4年)に設置されました。この専攻科修了者は一定の要件を満たし、大学評価・学位授与機構に申請して学士(工学)の学位を取得でき、同時に大学院への入学資格を得ることができるようになっています。これらを図示すると下記のように表すことができます。

 

(1)中学校卒業段階の学生が入学
(2)高校卒業者は高専への編入資格がある
(3)高専卒業者は大学への編入の資格がある
(4)高専卒業者は高専の専攻科に進学する資格がある
(5)専攻科を修了して「学士」を得た者は、大学院への入学資格がある
*独立行政法人国立高等専門学校機構 HPより抜粋http://www.kosen-k.go.jp/hj_1-12tokushoku.html


高専を本科(5ヵ年)で卒業した後の進路は上図で示したように、1.就職する、2.大学へ編入する、3.専攻科に進学する、の3つが主たる進路となり、最近では編入または専攻科への進学率が増加してきています。全国高専の卒業者数約9000人のうち、進学率は40~45%程度(年によりバラつきあり)で、専攻科修了生の進学(国公立大学院が圧倒的に多い)率は30~35%となっています。

 

■高専卒業生の進学状況の推移(全国高専の数値)


本科卒業生の就職状況は、求人倍率は15~25倍と、一般の大学からみればビックリするような求人状態です。就職者の産業別就職者は製造業が53%前後と群を抜いて多く、次いで情報通信、電気・ガス、建設、運輸となり、以上の業種で77%を占めております。

 

■本科卒業生の就職状況の推移(全国高専の数値)


専攻科の就職についても求人倍率は26~47倍もの高率を呈し、本科・専攻科ともに例年ほぼ100%の就職率を示しています。これらのことから、2006年には『なぜ高専の就職率は100%なの?』という単行本(文芸社発行 著者 佐々木章太氏=釧路高専卒)が出版され、話題となったこともうなずけます。

 

■専攻科修了生の就職状況の推移(全国高専の専攻科の数値)

*独立行政法人国立高等専門学校機構 HPより抜粋
http://www.kosen-k.go.jp/outline4.html


求人倍率、就職率が高いのは、高専は5年間の一貫した技術者養成のための教育カリキュラムと豊富な実験、実習の時間配分により、即戦力のある技術者としての高い評価を産業界から長年得てきたことに他ならないと思います。加えて、大半の高専では、推薦による求人応募方式をとっていて、企業からの求人に対して、(一般応募も無論できるが)学校の推薦状をエントリーシートや履歴書、成績証明書とともに応募企業に提出することになっていますが、複数の企業へ並行しての推薦応募をすることはできません。内定を得た学生は内定先に就職することが前提となります。採用する側は、内定者からの辞退を心配することはなく(極まれに内定辞退が出て学校側も慌てることもあるようですが)確実に入社できる人材を確保できることになります。

 

しかし、その分、学生も企業選びには相当の覚悟がいることとなり、相談を受ける就職担当教員のストレスは相当なものとなるようです。企業実態や仕事の中身、経営状況、労務状況なども調査しておかないと、学生への進路相談への対応も難しく、採用試験の内容や面接対応など様々な知見も必要となるからです。

 

◆高専に必要なキャリア教育

 

高専は5年間(本科)の修業期間の中で一般教養と専門科目を十分に盛り込んだ、相当に密度の濃いカリキュラムでの授業を展開しています。時間割を見ていただくとわかると思いますが、過密な授業となっています。ただ、この時間割にはキャリア教育に類する授業はどこをみても見当たりません。企業見学や近隣企業からの技術者を招聘して技術内容の説明を受けたり、先輩OBの仕事ぶりを聞いたりといったキャリア教育に近い内容のものも、授業時間の中でねん出するか、時間外での対応になります。

 

一方、高専機構の実施した「平成23年度全国高専卒業生アンケート(*)」では、「卒業生が教育内容の充実を図るべきと考えるもの」は何か尋ねており、1位は「英語力」、2位は「プレゼンテーション力」であり、3位が「コミュニケーション能力」でした。「英語」については多くの企業がグローバル化を迎えた昨今1つの指針としてTOEICスコアを600点以上要求する会社が非常に多くなりその必要性はいまさら言うまでもないことといえます。因みに沼津高専の4学年の平均TOEICスコアは400点を下回るレベルと聞きます。

 

「コミュニケーション能力」については文科省の諮問機関でもある「中央教育審議会」が2011年に大臣答申の中で、その育成の必要性に触れ、また、高専の学生にかぎらず、全国企業の採用担当へのアンケート調査による結果でも、企業が学生に求める能力として筆頭に上がるのが、コミュニケーション能力だと報告されていることからも、その育成の重要性がわかります。

 

*詳しいアンケート内容は「高専機構 卒業生アンケート」で検索すればH23年度調査結果として把握できます。

 

 

◆沼津高専のキャリア教育への意識

 

高専特有の課題として、学業についてゆけないで留年する学生、将来へのことを充分意識しないで入学したものと思われ退学した学生などの数は、普通の高校と違って数多く、沼津高専の平成25年度の留年・退学者は全校1000名のうち65名(うち留年36名、退学29名)を数えたと聞きます。この数は全国高専の中では少ない部類とのことでした。

 

ちなみに、高専では低学年次に寮生活を送ることになっている場合も多く、沼津高専では1、2年次は男女学生全員が原則として寮生活を送ることになっていて、親元をはなれ集団生活を少なくとも2年間にわたって体験することとなります。集団生活を送ることで得られる貴重な体験はその後の人生に少なからず影響を与えることになると考えますが、すべて良いことばかりでもないという問題もいろいろあるようです。

 

このような中で、中学を卒業して入学してきた学生(高専は高等教育機関に位置付けされていることもあり、「生徒」でなく、1年次から「学生」として扱われている)に対して、高専卒業後の進路を踏まえて5年間を高専で学ぶ意義を理解させ、卒業後の様々な進路の選択肢を考えさせることは極めて重要なことになります。

 

このような状況下で、校長(同じ沼津高専1期生)の柳下先生より「低学年からのキャリア教育をやってほしい、沼津高専オリジナルプログラムを構築して欲しい」との要請を受けたことが始まりでした。その主旨は、卒業前までには各自が「自分はこのような人生を送りたい」「私の将来のビジョンは○○○である」とビジョンをしっかり描き、巣立ってゆける人間になってほしい。そのためには就職、卒業間近では遅く、低学年からの対応が必要であるとのことでした。全く同感でした。

 

前述したように高専の就職状況(求人倍率や就職率)は一般の大学、高校の就職状況から見れば、羨ましい感じを受けるかもしれません。しかし、産業界の期待に沿う人材を育てる使命のもと、学業は無論のこと「コミュニケーション能力」に優れ、技術立国日本の将来を担う「熱情に溢れた人間」を育成したいという思いを持ちつつも、専門科目や実験などに追われ、学校としてもキャリア教育の機会がなかなかねん出もできず、具体的な手法も充分に準備できないまま今を迎えているのではないか。微力ではあるが自らの体験などが役立つならば、ぜひとも支援しよう、そのような思いに行き着いたことも「沼津高専キャリア教育」を引き受けた所以でもありました。

 

【参考】

高専における「授業時間割り」の例

(2学年 機械工学科の例)

 

  

  火

  水

  木

   金

1*

英語

金属材料

数学B

電気工学

英語

英語

金属材料

数学B

電気工学

英語

物理

数学A

物理実験

数学A

機械設計製図

物理

数学A

物理実験

数学A

機械設計製図

保健・体育

英語

歴史

機械工作実習

化学

保健・体育

英語

歴史

機械工作実習

化学

機械設計製図

特活*

 

機械工作実習

国語

 

 

 

 

国語

(4学年 制御工学科の例)

 

  月

  火

  水

  木

  金

電磁気学

自動制御

設計工学

図形処理

OS

電磁気学

自動制御

設計工学

図形処理

OS

数値解析

流体力学

文学特論

ドイツ語

計測工学

数値解析

流体力学

文学特論

ドイツ語

計測工学

応用物理

工学数理

英語

工学実験

応用数学

応用物理

工学数理

英語

工学実験

応用数学

工業英語

 

 

工学実験

創造設計

 

 

 

工学実験

創造設計

*全国の高専それぞれの時間割で授業が行われているが概ね、同様の配分となっている

*時間授業は90分(1~2、3~4を通して行う) 8時限終了は16:20

*1時限の時は45分授業となる

*特活 とは「特別教育活動」でホームルーム的色彩であり、各科とも3学年まである

*4年から「ドイツ語」が必須科目となり、5年では「選択外国語」で英語or「ドイツ語」

*4年は体育、社会(経済・歴史etc)、国語などの授業がなくなり専門科目が増加する

 

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