工業高等専門学校におけるキャリア教育の実例

NPO法人キャリアデザイン研究所・副理事長

元(国立)沼津工業高等専門学校キャリア支援室

現・沼津工業高等専門学校 学校運営諮問委員

キャリアコンサルタント・産業カウンセラー

村松 正敏

<第5回>講義とグループディスカッションで円高と企業対策を学ぶ ー就職活動を意識してー

◆就職希望の学生(4学年)への「就活セミナー」、「模擬面接」

 

就職試験を控えた4学年(翌年の4月に5年となり、即就職試験に入る)に対しては、別の意味でのキャリア教育が必要になってきます。そこで、就職を希望する学生対象の「就活セミナー」と「模擬面接」の特別カリキュラムを策定しました。最も苦心したのが日程設定で、4学年になると、「特活」の時間もなく、余裕がありません。そこで、キャリア教育担当の学生主事と相談して、学生の就職に対する意識が高まる12月~1月の土曜日や、春休み等を使って実施しました。時間外ですから自由参加です。このため各学科の先生より趣旨をしっかり説明し参加を呼び掛けていただきましたが、学科により相当の差も出ました。

 

実際のプログラムは下記のとおりです。

 

1)就活セミナー

<対象>4学年および専攻科 就職希望者 65名

<時期>12月~1月の土曜日 午前・午後 各90分

<内容>

○仕事と人生 ~なぜ就職し仕事をするのか? 

○目指す会社に入社し、自己実現を図るために 

 -就職選考の実態

○自己理解はどのように? 自己PRのポイント VPI(職業興味検査)

○面接で失敗しないために~面接の内容とポイント

○先輩はこのように働いている OB・OGの話を聞く

 

2)特別セミナー「円高と企業の状況」

<対象>就活セミナーと同じ対象65名と、進学希望者の15名 合計80名

*円高問題は当時はマスコミでも大きく取り上げられており、公開講座としました。幾人かの教員も参加されたようです。

 

<時期>3月5日・6日の春休み2日間コース

<内容>

○円高と企業を取り巻く環境―業績&欧州経済危機についての講義(2時間)

○「自分の会社が円高に直面し、業績悪化したらどうする」のテーマで仮想会社の役員、部門長、技術者の役割でグループ討議、発表

 

3)模擬面接

<対象>就活セミナーと同じ対象65名

<時期>2月末から3月中旬の約10日間

<内容>予め履歴書・志望動機を担任経由で提出してもらい、希望する会社も念頭に置いた、本番さながらの形での実施。筆者ひとりの対応でなく、校内の「キャリアコンサルタント・産業カウンセラー資格」を持った技術職員にもお願いした。

 

◆就活セミナー

 

4 学年になっても学生の多くは就職に対する意識が高いわけではありません。第1回でも説明しましたが、どの高専でも求人倍率が高く、学生からみれば「なんとかなる・・」の思いがあるのは仕方ないこととも言えます。しかしながら、いざとなって、「自分の志望する会社の内定が得られない」「面接で思うように自己 PRや志望動機が話せない」などと事の重大さに気づくのです。そのため、まずは図にあるような基本から、理解させる必要がありました。

特に、高専の場合は学校推薦により入社選考に臨む場合がほとんどですが、いくら推薦を得ても他の高専生との競争となり、平均して3~5倍の競争率となっている事実をしっかり理解すること、一般応募はその比ではないことも強調しました。また、どのような規模の会社でも面接は必ず実施され、それも数回のケースが多い事も学生にはしっかり理解させなければなりません。

◆「特別セミナー=円高と企業の状況」

 

当時は急激なる円高(1$=70円台)と欧州経済危機のさなかにあって、国内の企業、とくに製造業を中心に多くの企業が影響をモロに受けて、業績が急激に悪化していました。専攻科や大学に進学してもいずれは、製造業・情報通信を主とした企業に就職する学生が多いこともあり、円高問題は技術者であっても相当に影響を受けることは容易に想像できたことでした。このため、円高と企業の業績の関係、企業の円高対策など、円高の基礎知識を知っておく必要があると考え、学校側にも趣旨を理解いただき実施したものです。

 

筆者は在職時代(400名ほどの会社ではありましたが)経営の一翼を担っていたこともあり、もとより日本経済や世界経済、国内の企業の業績などへの関心もありましたが、このセミナー実施にあたり入念に調査も行い、学生に理解しやすいように資料作成をして臨みました。

 

このセミナーは、講義とグループディスカッションの2本柱で行いました。「円高とはなにか?」。この質問に多少でも応えられた学生は2割もいなかったと思われます。最近の学生は新聞を読まない、テレビのニュースを見ない、webでは興味や関心のあることはよく調べて知っているが、経済問題などは関心を示さないと言われているように同じ状態であると思いました。また時間割でもわかるように4学年の授業では国内外の経済状況を知る授業もないためであろうとも思われました。講義時間は2時間ほどでしたが、居眠りする学生はほとんどなく、一様に真剣なまなざしで聴講していました。

 

このセミナーのポイントは、グループディスカッションを取り入れたことです。5~6名で1つのグループをつくり、1つの共通課題を与え議論させます。課題は下記のように設定しました。

 

<課題>

KOSEN株式会社は、部品メーカーで海外(アメリカ主体)への輸出が60%と高く、円高の影響で経営が急速に悪化しています。技術統括役員、設計部長、設計課長、製造部長、製造課長および設計課員、製造課員の立場で各自はどのように対処すべきかを検討し、各グループの(会社としての)対策を発表しなさい。

*会社規模は社員数600名、年間売上規模20億円、沼津市に本社があり、工場は本社隣接、海外の工場はタイに最近設立し創業開始した。

*その他の前提条件は各グループで設定してよい。

*役員、部長、課長、課員などの役割は各グループで決める。

 

<検討時間>

3時間 発表は各15分以内

 

各グループともに非常に白熱した議論が展開されました。グループによっては再度、円高と輸出の関係について知識を深めるための勉強を行うところがあったり、「輸出で得た代金を円に換えるから目減りするので、ドルをそのまま保有して円安になったら円に交換すればいいのではないか」などという案が出たり、非常に質の高い議論を展開するグループもあったりしました。このグループ討議は極めて好評で、学校の授業では経験できない貴重な体験だったという感想が多くありました。この円高は次年度には円安方向となり、プログラムには「円高から円安へ」のテーマで企業業績の推移を提示しながらの講義内容に変化してゆくことになります。

 

参考までに「特別セミナー 円高と企業業績」の目次を紹介します。

◆模擬面接の実施

 

入社選考にとって面接が重要なのは言うまでもありませんが、面接が高専生にとって大きな課題であることが模擬面接を実際に行ってみてわかりました。コミュニケーション能力が充分でないこともあって、学業はまったく問題ないが面接選考で失敗することが多いことは学校側からも聞いていましたが、そのとおりでした。

 

実際の就職選考の面接で失敗する学生をどのようにするかが就職担当教員の悩みでもありました。無論、学校としても各学科の担当教員が工夫して「面接対策」を講じてはいます。しかしながら、筆者の行った模擬面接では、緊張感がまるで違うのか、半数近くの学生が緊張のあまり、自己PRや志望動機を話すことができませんでした。就活セミナーでも、面接に臨むための心構え、主要質問、面接環境、面接の流れなどを理解させたつもりでしたが、予測もできていたことでした。

 

履歴書に書いた内容を丸暗記して面接に臨むと、このようになる!の典型で、緊張感で書いたことをすっかり忘れてしまい、言葉が続かない、小さな声になる、揚句の果て絶句、下を向く。こうした状況が、「元気がない」「コミュニケーション能力が低い」と判断され不合格となる。そのように思わずにいられませんでした。

 

このため、模擬面接終了後、振り返り、履歴書の点検、再度の模擬面接、学生との話し合いを行いました。この経験から緊張感克服のために次年度の本格実施時に「自律訓練法=シュルツ考案」を就活セミナーのプログラムに加えることになりました。

 

◆筆者プロフィール

筆者は、工業立国日本を支える「中堅技術者を育成する」目的で昭和37年に全国に12の国立工業高等専門学校が開設された際、その1つである「沼津高専」の第1期生(電気工学科)として入学。卒業後大手の精密化学工業に入社したが3年ほどで技術職から営業職に異動したことがきっかけで50歳の時に関係子会社に移籍、役員(営業本部長)として退任するまで一貫して営業部門に在職。関東、中京地区の多くの法人営業を担当する中で多くの企業人と接触を持ち議論してきたことのひとつが「キャリア教育」である。現在の「キャリア教育」が単なる「就職内定獲得対策」になっている傾向が強いように思われ、キャリアデザインや自己実現、さらには自己理解、コミュニケーション向上といった側面が疎かになっているのではないか、との危機感も感じ、母校のキャリア教育をはじめキャリアコンサルタント・産業カウンセラーとして、母校以外の高専、地元(千葉県柏市)の高等学校や大学でもキャリア教育を実施してきた。現在は主として厚生労働省認定の「まつど地域若者サポートステーション」にて若者の就労支援相談を担当している。

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