工業高等専門学校におけるキャリア教育の実例

NPO法人キャリアデザイン研究所・副理事長

元(国立)沼津工業高等専門学校キャリア支援室

現・沼津工業高等専門学校 学校運営諮問委員

キャリアコンサルタント・産業カウンセラー

村松 正敏

<第6回>全学年での沼津高専版本格キャリア教育の開始

―1・2年生のキャリア教育―

◆本格実施に向けて ~課題は予算と日程調整

前回まででご説明したキャリア教育・試行授業と就職希望者むけ「就活セミナー」「模擬面接」を経て、全学年むけの「キャリア教育実施プログラム」の作成検討に入りました。

沼津高専は1~5学年で各5クラス(40名定員)あることから、筆者1人での実施は到底できるものでなく、卒業生でこうした教育に関心を持ち、実行できそうな幾人かに声をかけ(同窓会HPからの呼びかけ)4名の支援を得ることができました。


この講師の方たちにキャリア教育の理念、方針、試行した内容を説明し、学年主任、クラス担任教員との議論を経て実施内容と担当クラスを決めました。(筆者も含め)講師陣の人件費(交通費も含め)等の制約から、一部、割愛したプログラムもありましたが、2学年以上は5月から、1学年は10 月からの実施で、担当講師と担任教員との日程調整、カリキュラム内容の議論などを経て、スタートを切ることができました。


3学年以下は「特活時間」を使うことで学校側の了承を得ることができましたが、4学年、5学年はそうした時間も設定されておらず、授業時間を割くことは(前述したように)困難なため、試行段階では、土曜日の午前、午後の各90分、自由参加での実施としました。しかしながら学生からは「バイトで時間がとれない」「土曜日は他のことに時間を使いたい」等の声も寄せられ、実際、学年200名前後の学生数に対して、少ない時で20名、多い時で50名ほどの参加でした。このことから期中で土曜日以外での開催を改めて検討し、7、8時限に一般授業のない曜日を選んで、2クラス毎で(専攻科も含め)希望者対象に日程を設定しました。

このように、新規に「キャリア教育」の予算を確保して実施することや学生への周知活動、日程調整なども含め学校関係者は相当のエネルギーを使わなければならない模様で、大きな課題であることを改めて感じた次第です。

こうして、沼津高専版キャリア教育「技術者力養成キャリアデザインプログラム」は平成24年5月に本格スタートしました。具体的な学年ごとのプログラムは後ほどご説明いたします。

 

◆沼津高専版キャリア教育の全体像


第2回の記事内でプログラムの基本的な考えを述べましたが、試行授業、就活セミナー、模擬面接を通して感じたこと、教員の方々や新しく加わった講師陣との講義を経て全体の概念を下図のようにし、実施内容も含めて教員会議で説明いたしました。

また、次の点を再度、講師全員と学校側の共通の留意事項といたしました。
1)キャリア教育にENDはなく、継続して行うことが必要で、近い将来は常勤教員が
「担当するクラスを自ら実施できる」ように共通したカリキュラムにする
2)沼津高専ならではのオリジナル性を持ち、前年度に実施した試行授業をベースに「コミュニケーション力向上」に主眼を置き、ロールプレイや対話、記述、議論して発表など全員参加型を意識する
3)高学年については将来への布石としての自己理解の促進、進路選択、職業意識の涵養、などを考慮した内容とする
4)就職の内定した5年生および専攻科生には企業人、社会人として必要となる「会社人の常識」「社会の常識」「ビジネス用語・ビジネスマナー」など企業技術者として即活躍できるための素養づくりを取り入れる
5)全学年共通のテーマは「コミュニケーション能力」「将来ビジョン」を重視したカリキュラムとする

もう一つの大きな課題は「キャリア教育を単位化できないか」ということでした。学校で定めたカリキュラムは無論一番重視すべきことではありますが、学生の卒業後の人生を考えたとき、このような観点からの検討が必要な時期にきていると思い提案しましたが、聞き入れてもらえる段階ではなかったようです。

次に学年ごとのプログラムの内容を紹介します。前回までの記事の中でご説明した試行プログラムと重複する点もありますが、本格実施プログラムとして、改めて列挙いたします。(第2回~第4回も併せてご覧ください。)


◆1学年 高専に入った不安も解消し、高専での学びを理解する第一歩

(1)「沼津高専に入学して」または「10年後、20年後の私」の作文をする
*記述することで自分の現在の気持ち、将来へのビジョン、不安などを整理する


(2)自己理解をしてみる=今思う、自分の長所と短所を書き出す
*長所・短所を書き出すだけでなく、見方を変えることで短所が長所になることの気づきを与える


(3)コミュニケーション基礎力を学ぶPART/1=きく(訊く、聞く、聴く)の違いと傾聴の大事さをロールプレイで学ぶ
*3つのポーズを実際のロールプレイで体感する(→第4回参照


(4)コミュニケーション基礎力を学ぶPART/2=ほめかたロールプレイ
*相手をほめることでコミュニケーションが深まることを体感する


(5)コミュニケーション基礎力を学ぶPART/3=伝言ゲームによる情報伝達
*しっかり内容を掴んで伝えないと間違った情報が伝わってしまうことをグループごとにゲーム方式で行い、その違いも体感する


(6)「仕事についてのインタビュー」
*親・兄姉・親戚等の身近な人で仕事をしている人へのインタビュー
「今どんな仕事を?」「楽しいか?」「なぜその仕事を選択?」など
*インタビューすることで仕事理解をし、発表する


(7)高専理解=高専と高校、短大、専門学校、大学との違いの理解をする
*いま学んでいる高専の特徴、他の学校との違い、高専で学ぶ意義をも理解させる


(8)先輩(5年生)の話を聞く=進路選択と1~2学年の過ごし方
*将来を見据え、5年間をどのように学ぶかを先輩の言葉で語ってもらう 

上記のプログラムの中から各担当講師と学年主任、クラス担当教員とで話し合い、基本的に1クラス6回コース(予算の都合上、6回限度となりました)の日程と内容を選定し、行うことになりました。実施は前述のとおり「特活時間」を使いました。

高専に入学してきた学生は、その入学志望が「高専は就職の心配がいらない」「大学工学部に入り易いと聞いていた」「親が高専に進むと進学、就職のいずれも有利だから勧めた」などのことが多く、漠然とした不安(「実は文系が得意だったんだけど・・」「はたして高専に入学してよかったのか?」など)も見受けられ、こうしたことへのフォローの意味もあっての内容になったものです。

(6)「仕事についてのインタビュー」は冬休みの宿題として課したクラスもあったようですが、インタビューを受けた父親から「息子から自分の仕事への質問をされて、思いがけなく息子と仕事や生きがい、人生などの話が出来てとてもうれしく感じました」との言葉がよせられたそうです。家族はいちばん小さい社会でもあり、こうした家族間のコミュニケーションもとても大切なことであることを改めて感じ入った次第です。

1年のキャリア担当を行った講師からは、次のようなコメントもありました。


(1)の作文と(2)の自己理解(自己分析)から以下のような明暗を感じた。
(明)全員が1年間の寮生活というこれまでにない経験をしていることからのストレス(規則、ホームシック、食事、洗濯etc)を感じつつも、楽しさ、将来への自立意識に目覚めつつあって頼もしく感じる
(暗)中学時代からの環境変化があまりに激しく、日々落ち着いて思考できず流されてしまって集団生活になじめない学生は、他責の念が強くなり、将来への夢や自分の長所などが書けず、自信を持てなくなり始めている

筆者は3年間の寮生活をおくり、2年間は1室に8名での集団生活で最初の1年は洗濯機すらなく、冬も暖房器具も皆無で想像を絶する寮生活でしたが、苦難を乗り越えることによる精神力、基礎体力などが備わったのではと、当時がとても懐かしく思われます。しかしながら時代の変化により、学生の気質や精神的エネルギーの強さ加減も当時とは違ってきていることも、いろいろな課題の生じる要因の1つと感じる次第です。


◆2学年 企業で働く先輩に質問できる絶好の機会

2学年も1学年同様に「特活時間」を使って行いました。教員の希望も踏まえて、学科により異なるテーマでの実施もありましたが、概ね下記の内容が中心のプログラムとなりました。


(1)1年生の振り返り「入学当初と現在の自分は?」
*入学当初に描いていた高専の姿(授業の内容、寮生活、学校の校風etc)と実際に1年間学んでみての感想、これからの過ごし方など記述、発表
*高専5年間(専攻科)と高校から大学(工学部)へのルートの比較等の講義による理解促進


(2)コミュニケーション力のある人間になろう
*1年と同様に「傾聴」の重要性をロールプレイで学ぶ


(3)課題研修 1-「夏休みPDCA」
*夏休み期間中に自分の課題を設定し、行動して振り返り(グループ発表)を行うもので、グループディスカッションを実施


課題研修 2-「製品しらべ」
*身近なところにある、気になった製品を取り上げ、それがどういう意図で考え、製品化されたのかをあらゆる方法で調査し、改善点や新製品の企画など検討してレポート、発表する


(4)先輩OB・OGの人生(高専~会社~社会人)を聞こう
沼津高専を卒業し、企業で働く先輩(35歳前後)に来校いただき、「先輩達はどのような仕事を・・現役技術者に実態を聞こう」のテーマで講演、質疑を実施
*講師候補は学科主任に選定を依頼、近隣企業に在職のOB・OGを選定
*事前に学生に「先輩への質問・話して欲しいこと」を提出させ、その内容に沿った説明とする


(5) 5年生からのメッセージ「高専時代の過ごし方」
現在の5年生は「2年生当時はどうであったか、これからの学生生活をどのように考え過ごすことが重要か、自分はこうだった!」等の内容の説明で1クラスあたり3~4名の5年生に参加してもらう
*受講した学生には「メッセージを聞いて」のレポートを提出させ、5年生にはフィードバックする

以上の内容で実施しましたが、やはり学生にとって最も関心をひいたのは(4)「先輩の企業内での仕事の内容」でした。事前に学生に対して講義の趣旨説明を行い、「どのような話を聞きたいか」「一番の関心事はなにか」の質問票に記入させ、講師となるOB・OGに渡しておく形式をとりました。

事前質問では、
(1)高専卒と大学卒の企業での格差は?
(2)本科で就職するのと、専攻科進学後就職、または大学編入して就職する場合の違いとメリット、ディメリットはなにか?
(3)在学中に身につけておくべきこと、勉強した中で一番役立っているものは?
(4)就職か進学かの進路選択はいつごろ、どのように考え、そのための準備はどうしたか?
(5)今の会社を選んだ理由はなにか?
の5点が最も多い質問(学生の関心事)でした。

仕事の内容についての質問は想像以上に少なく、企業から講師を招いた技術中心の講義とのギャップを改めて考えさせられました。

このような質問に対して先輩が答える方式での講義となり、具体的には以下のような話が聞けました。


(1)就職のし易さは高専が断然有利で大学卒は競争が激しく大変。待遇は当然年齢も若く学卒より当初は低いが、総合職で遇する企業が多く、事前によく調査するとよい。研究職を希望する学生は大学院まで進学することを勧める。


(2)学生時代はとにかく、基礎力をつけること、日ごろのマナー、特に「あいさつ」が重要!また、仕事の中ではなぜ?なぜ?で突き止める習慣が必要である。


(3)進路選択の時期はそれぞれであろうが「将来なにをしたいか? それをしっかり考えることが大事である。

学生の真剣さには目を見張るものがありました。学生達は一様に感じ入っていたようで、それまで同様な企業技術者の話を聞く機会はありましたが、学生の不安、関心事などに沿った講義は初めてでもあったようです。この内容は資料にまとめは教員会議でも発表し情報共有化の一助にもしてもらいました。

※高学年(3学年~5学年、専攻科)のプログラムについては、次回にご紹介します。

◆筆者プロフィール

筆者は、工業立国日本を支える「中堅技術者を育成する」目的で昭和37年に全国に12の国立工業高等専門学校が開設された際、その1つである「沼津高専」の第1期生(電気工学科)として入学。卒業後大手の精密化学工業に入社したが3年ほどで技術職から営業職に異動したことがきっかけで50歳の時に関係子会社に移籍、役員(営業本部長)として退任するまで一貫して営業部門に在職。関東、中京地区の多くの法人営業を担当する中で多くの企業人と接触を持ち議論してきたことのひとつが「キャリア教育」である。現在の「キャリア教育」が単なる「就職内定獲得対策」になっている傾向が強いように思われ、キャリアデザインや自己実現、さらには自己理解、コミュニケーション向上といった側面が疎かになっているのではないか、との危機感も感じ、母校のキャリア教育をはじめキャリアコンサルタント・産業カウンセラーとして、母校以外の高専、地元(千葉県柏市)の高等学校や大学でもキャリア教育を実施してきた。現在は主として厚生労働省認定の「まつど地域若者サポートステーション」にて若者の就労支援相談を担当している。

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