工業高等専門学校におけるキャリア教育の実例

NPO法人キャリアデザイン研究所・副理事長

元(国立)沼津工業高等専門学校キャリア支援室

現・沼津工業高等専門学校 学校運営諮問委員

キャリアコンサルタント・産業カウンセラー

村松 正敏

<第7回>高学年での本格キャリア教育 -3学年~5学年&専攻科-

3年生になると、専門科目がグンと増え難しさも増してきます。キャリア教育の試行段階では物質工学科2年生のみが対象でしたが、高学年(3年以上の)本格実施でのプログラム策定では変則的な時間設定と対象学年を考慮して臨むこととなりました。(第6回も参照ください)

(1)特活時間(50分)が利用できる3年生はクラスごとに実施
(2)各学年に共通するテーマは平日の授業終了後の90分の時間帯または土曜日の午後90分の時間を使う
(3)特活時間以外は各学年とも「自由参加」とし、事前に内容の概略を教員経由で周知する

プログラムの内容は次の通りです。


【1】3学年対象(特活時間)


(1)「5年生は語る-進路選択を私はこのように考えた」
*進路の決まった5年生(就職・専攻科進学・大学編入)に出席してもらいパネルディスカッション形式で自分の進路選択を語る。筆者がコーディネートを行う


(2)コミュニケーション力をつけよう
*第4回で紹介したように「コミュニケーション」に必要な「ききかた」の講義とロールプレイにより「傾聴」の大事さを体感する(→第4回参照


*物質工学科は前年度(2学年)に実施済みであるので、コミュニケーションに必要なもう一つの要因、「ほめ方」についての講義とロールプレイとした


(3)グループコミュニケーション
「海で遭難しちゃった! さあどうする・・」
*自分の意見をみんなに伝え、他のメンバーの意見も聞きながらまとめる。こうしたことを「ゲーム方式」を取り入れて体感する

 
(4)VPI(職業興味検査)による将来の職業を考える
*アメリカの心理学者 ホランドの開発した職業適性を計る検査の日本版で自分の職業の興味度から6つのタイプを知るもの


(5)おカネと日本の経済、円高と企業業績について
*日本の経済問題や円高が与える企業業績に関心を持ってほしいとの意識から実施。「おカネとは?」「おカネの機能」「おカネの歴史」「円高とは?」等の基礎知識から経済問題まで概要を理解させる目的


 

(3)では、グループコミュニケーションを体感させる取り組みを取り入れました。会社では同じグループ内で1つの課題解決を図ることが多く、自分の考えや気持ちを複数のメンバーに伝え、自分も他のメンバーの意見を受け止める習慣が必要になるからです。


これは、一番生き残る確率の高い道具を挙げ、その理由を説明するものです。正解はありません。各グループともに選択に大きな差が出て、みんな楽しそうに議論できたようです。
*これは学校行事(3年全体の合宿)時に合わせて実施しました。


(4)のVPI職業興味検査は、学校そのものが実践的技術者養成機関に位置づけされてはいるものの、今一度自分の興味、関心度から職業適性を確認してみようとの考えから実施したもので、キャリアコンサルタントの資格を持った学校職員(キャリア教育兼務)に担当していただきました。


(5)については、経済に対する授業も少なく就職後すぐに肌で接することになろうと思われる「円高・円安」問題も一応の知識は必要と考え、理論的な授業でなく、「そもそも・・おカネってなに? 1枚の紙切れに過ぎないお札でなぜいろんなものが手にはいるのか?」の部分から入りました。非常に好評で、「このような授業は受けたことがなく、考えてもいなかったことでした」等の感想が多く寄せられました。


特に、日本が抱えている借金(国債等)の現実や円高(当時は1$70円台に突入)の輸出企業への影響などを初めて知った学生が大半でありました。


理論的な経済学の学習もある程度は必要かもしれませんが、もっと学生が関心を持ち、日頃の生活や身近な問題として理解ができるように講義内容の工夫をして臨みました。


新聞等マスコミの公表内容、雑誌、書籍等からの引用、Webからの引用など、自作資料での内容です。


この授業は特活時間内で実施しましたが、居眠りする学生も極めて少なく皆、真剣に受講してくれました。


【2】4学年&専攻科(3年生の希望者も受講可)


試行授業と重なる内容の部分もありますが、4年生と専攻科を対象としたプログラムは下記の内容で実施いたしました。先に述べましたが、特活時間はなく一般の授業の終了後で比較的参加しやすい曜日を選んでの自由参加形式としました。

(1)仕事と人生(人はなぜ、仕事をするのか?)
*仕事によって得られるものはなにか。生きがいを得られる仕事に就くためにはどのように考え、行動したらよいかなど筆者の42年余の企業体験に基づく内容

(2)日本経済の現状―円高から円安へ―
*急激な円高経済が製造業を中心とした企業業績に与える影響を解説。「円高・円安」とはどういうことか、為替とはなにかなどの基礎的な理解から、欧州経済危機にいたる国際経済と国内経済状況、高専卒業後多くの学生の就職する製造業の直面する企業業績を具体的な企業名を挙げて(マスコミで公表のデータを引用)解説。
*前年と比べ、外国為替は円高から円安基調に推移し、経済界が大きく変化


(3)現役技術者(本校OB・OG)の話を聞こう ―夏期講座―
*大手製造業勤務の現役社員を招聘し、実際の会社内での仕事の様子の説明を受ける。加えて、後輩たちへの学生時代の過ごし方(学業、生活全般)アドバイスなど。

(4)期待される社員とは?
地元にある大手企業の労務・人事担当部長に「期待される社員像」とはどのような人間なのか、採用の基準はなにか、また、沼津高専出身の社員は今、どのような職場でどのような仕事に就いているのか等の講義を受ける

(5)就活セミナー I・II・III・IV
*卒業後就職を希望する4年生、専攻科の学生対象に、4回に分けて実施
 前年度、試行授業と並行して実施の就活セミナーをベースとした
 I―企業の求める人材像とはなにか? 就活に臨むにあたっての心構え 他
 II―履歴書の書き方、自己PR・志望動機の書き方、会社はどこをチェックするか
 III―最も重要な「面接」対策(面接の形態、流れ、質問、ポイント)
 IV―内定者の体験談=会社選定の仕方、選考試験の実態、後輩へのアドバイス

(6)模擬面接
*就活セミナーの受講者中心に30分/人程度の模擬面接で、事前に希望する会社を想定し、履歴書を記入して教員経由で提出。希望会社を決める時間が必要でもあるため、4年生修了の3月後半に集中的に実施。就活セミナーにて模擬面接の案内の徹底、事前準備なども周知。完全予約制で本番想定で行う。

4年生および専攻科生で就職希望の学生には人生の大きな岐路にもなる訳で、内容設定にも相当の工夫をしたつもりですが、授業時間外であること、学生の意識や危機感などの違いもあって、学科によりかなりの差がでました。

就職担当教員(学年全体の就職相談)の科は大半が参加したようですが、学科担任教員が勧めてもほとんど参加しない科では、就活セミナーにも参加しないで、模擬面接直前になってあわてて申し込み、その上履歴書もまともに書けず、無論のこと模擬で質問に答えられず絶句・・。そうした学科間、学生間の差も見受けられました。

経済についても、新聞を読む、ニュース番組を見る学生は非常に少なく、そのせいもあってか、日本のおかれた経済の問題や国際情勢などに関心のない実態が改めて把握できました。実践技術者養成機関であり専門知識を教授することは無論いうまでもありませんが、社会に出て多くの人間と接する機会が急増することになるわけで、基礎的なことをしっかり教育することが必要なのではと感じた次第です。

また、キャリア教育で重要視してきた「コミュニケーション能力」については4学年以上では遂に実施できませんでした。学校行事、予算枠などの制約があり加えて「出席しても単位がもらえない」など、学生の関心事の要因も加わって以後の課題として残りました。

就職試験での面接対応は最大関心事で、面接の形態などは会社によりマチマチではありますが、学生にとっては初めてのことであり、極力具体的に説明しました。これは筆者の在職時代の管理職面接、役員としての最終面接の体験がとても参考になり、面接官の見ているところや、そのこころなどそのままに説明できました。


とくに、面接はどのような環境で行われるのか、机や椅子の配置はどうなっているのか、などは左の図を示して実際の対応の方法なども説明しました。

これは学生からも「具体的にわかって大変よかったです」との感想が多く寄せられました。


上記は就活セミナーの内容の1コマですが、当然担当教員が学生に対して面接模擬は行っております。しかしながら面接相手が変わり、雰囲気が違うだけで緊張感がまるで異なるためか、振り返りを行った際に聞かれる言葉は決まって「頭の中が真っ白でなにをしゃべったのか、覚えていない」「履歴書に書いた内容を丸暗記してきたが緊張で忘れてしまった」などでした。これは昨年と同様の傾向でもありました。


自己理解や志望動機、志望する会社の内容など、気づき、納得が不充分であることの表われ、と思えるものでした。こうしたことが面接で落ちる最大の理由ではないかと思った次第です。

尚、この就活セミナーは、東海地区の2つの高専でも実施いたしました。テーマは「企業の求める人材とは?」です。これは、就職支援会社の要請で行ったもので、沼津高専と同様に「面接で失敗する学生が多い」「自分の進路選択に迷いがある学生が多い」「どのように企業を選んだらよいのか、よくわからない」等の悩みを抱えた学生への支援を、とのことから行ったもので、就職支援会社の主催する高専学生むけ企業合同説明会前の4学年全員対象(約200名)の90分コースに短縮しての実施でした。いずれの高専も学生は極めて熱心で終了後の質問が相次ぎ、関心の高さを感じましたが、この2校では平常時での「キャリア教育」的なことは実施していないようでした。

上記は、「企業の求める人材とは?」の講義内容の出だし部分ですが、自己理解と仕事理解のマッチングが極めて大事であること、自己理解や、仕事理解は具体的にどのようにするのか、企業の求める人材とは具体的にどのようなスキルなのかなど、筆者の経験など加えながら説明をしました。


こうしたキャリア教育の実施を知った山梨大学・工学部から同様な講義の要請があり、3時間コースで「企業の求める人材とは?」のテーマで実施いたしました。この講義では筆者の企業での仕事の内容や新規ビジネスへのチャレンジ、子会社設立とその苦難、試練への立ち向かい、そこから得たものなどを取り入れながらの内容としました。対象は3年生60名ほどで、就職対策を迎える10月に行いました。


また、地元の私立大学のキャリアセンターからの要請で、コミュニケーション能力に問題があって就職試験に苦労している学生に対する講座を設け、母校で実施した授業から「コミュニケーション能力向上のための講座」として「傾聴理解=きくことの重要性」、「グループコミュニケーション講座」として「海で遭難しちゃったゲーム」を取り入れて行いました。少人数ではありましたが、参加した学生からは終了後も多くの質問や相談が相次ぎ、このようなロールプレイによるキャリア教育での本人の「気づき」「納得」「行動」の重要性を強く感じた次第でした。


【3】5学年&専攻科 (就職先が内定している学生) 


就職先が内定している学生は秋口から「卒業研究」に相当の意識、時間を取られているはずですが、実際には気分的に「中だるみ状態」となっている風潮があります。そこで、実際に就職してから必要となる基本的な知識や心構えなどを2回コースで実施しました。

I―会社とはどのようなところか? 目的、組織、指揮命令、就業規則、人事考課
II―ビジネス用語・マナー(電話の掛け方、受け方 ロールプレイ)、やってはいけない違反事項、責任と権限、入社までにやっておくこと 他

*実際の参加は授業時間外であり、卒研発表前の1月~2月の時期でもあったため、就職内定者の半数(約50名)程度でしたが、就職が2~3ケ月先に迫っていることもあり参加学生の真剣さが充分に伝わってきました。
 

上記は講義内容の一部です。


以上の他に、3年生を中心とした地元の有力企業の工場長を始め、幹部社員に来校いただき、その企業紹介、製品説明や技術的な講義を7回ほど実施していただきました。これは「オリジナルプログラム」の構築以前から毎年のように実施していたもので、内容的にも筆者の設定したプログラムとオーバーラップすることもありましたが、学生がやがて実際に体験することになる仕事、職場を知る観点からの内容で意義深いことであると考えます。

また、高専の特徴として4年生の毎年夏期休業期間を利用しての「インターンシップ」を行っていることです。受け入れ企業により期間や内容の違いはあるものの、学生にとって極めて貴重な職場体験となるわけで、学校側も相当のパワーを投じて企業案内や学生への説明会を行っています。学生の大半がこのインターンシップを体験し、報告会等で発表、他の学生の体験を聞くなど「仕事理解」の絶好の機会でもあります。このことは沼津高専に限らず、全国の高専のほとんどで実施されているものではないかと思われますが、受け入れ企業が予想外に少ない地方の高専では、「インターンシップ」の実施先探しに苦労しているところもあると聞いております。


◆終わりに・・


母校(沼津高専)の校長からの1本の電話からはじまった、「キャリア教育プログラム」構築でしたが、これといってお手本になるものも少なく、筆者の在職時代の経験から「企業で働く人間はどのような意識と行動で仕事をしたらよいか?」「社会で生きてゆくための人間力はどうあるべきか?」「コミュニケーション力は具体的にどのような方法で向上するのか?」など様々な自分自身への問いかけからスタートしました。

幸いなことに校長以下、教務主事、学生主事をはじめとする多くの教職員の時間を惜しまない協力とOBの講師諸氏のおかげで基礎づくりはできたものと思われます。本格実施にこぎつけ、2~3年は同じカリキュラムで実施した上で修正を加えるつもりでいましたが、やはり予算措置が思った以上に困難であることから、次年度以降のキャリア教育は常勤の教員での対応を継続することとなりました。

その後、企業経験豊富な方を常勤の教授として迎え、キャリア教育に非常に理解のあることから「キャリア支援室長」を担当することとなり、我々の築いたプログラムの思想や枠組みが継承されているようです。学校の意図する教育方針「コミュニケーション能力に優れた国際感覚豊かな技術者の養成を行う」を、名実ともに実行することで企業からこれまで以上に高専への高い評価がなされることを真に願うものです。

こころ残りは「英語力の向上」の点です。第1回でご説明しましたが、高専機構の実施した高専卒業生へのアンケートで「教育内容の充実を図るべきもの」の1位は群を抜いて「英語力」でした。今後、過密なカリキュラムの中でどのようにして解決してゆくのか。筆者自身は具体的にはなにもできませんでしたが、ここは機構はじめ、学校当局の考えと行動に大いに期待したいと思っております。

-終-

村松 正敏

muramatsu1201@tbh.t-com.ne.jp

◆筆者プロフィール

筆者は、工業立国日本を支える「中堅技術者を育成する」目的で昭和37年に全国に12の国立工業高等専門学校が開設された際、その1つである「沼津高専」の第1期生(電気工学科)として入学。卒業後大手の精密化学工業に入社したが3年ほどで技術職から営業職に異動したことがきっかけで50歳の時に関係子会社に移籍、役員(営業本部長)として退任するまで一貫して営業部門に在職。関東、中京地区の多くの法人営業を担当する中で多くの企業人と接触を持ち議論してきたことのひとつが「キャリア教育」である。現在の「キャリア教育」が単なる「就職内定獲得対策」になっている傾向が強いように思われ、キャリアデザインや自己実現、さらには自己理解、コミュニケーション向上といった側面が疎かになっているのではないか、との危機感も感じ、母校のキャリア教育をはじめキャリアコンサルタント・産業カウンセラーとして、母校以外の高専、地元(千葉県柏市)の高等学校や大学でもキャリア教育を実施してきた。現在は主として厚生労働省認定の「まつど地域若者サポートステーション」にて若者の就労支援相談を担当している。

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