コラム

東大の秋入学から考えるグローバル

東洋大学非常勤講師 早川由美


早ければ5年後の2017年、東京大学は秋入学に全面移行する(2012年1月の中間報告)。世界の大学の7割が実施する「グローバルスタンダード」に合わせるという。高等教育界のパターンセッターの提言である。波及効果は大きかろう。受験を控える高校も、競合する大学も、若手人材を採用する企業も役所も、対応を迫られる。


当然、賛成の声は上がっている。国境を越えて教育を受けている学生、海外留学を考えている学生にとって、学年と学期の整合性は、無駄のない、連続的な海外留学や帰国後の就学を可能とする。海外からの留学生の受け入れも、より容易になる。日本が、質量ともに一定水準のグローバル人材を生み出していきたいと願うならば、秋入学制度への移行は望ましい。


大学関係者、中でも研究者にとってもメリットは大きい。国際的な研究活動への参加も容易となるからである。学年の切れ目が夏休みとなり、欧米流に6月から8月までを心おきなく調査研究活動に充てられるならば、6月や7月に数週間にわたって開かれる国際的な最先端学術セミナー(サマースクール)に、講師や受講生として大手を振って参加できる。学界の最高水準の研究者の集まりであり、参加すれば知的刺激がきわめて大きい。しかし、現行のままでは6月や7月に毎年参加し続けることはなかなか難しい。同僚の怨嗟のまなざしや事務から補講の困難さの苦情を受けるからである。


これに対して、春の高校卒業から秋入学までの半年間を有効活用して、多様な経験を積み、大学入学後にはその体験から得た課題を解決するための学習にいそしむという希望的観測の実現性は、微妙だ。ギャップタームで培った国内外での人的ネットワークと経験が将来の財産となることは間違いない。だが、期待通りに過ごしてもらうための社会経済的な枠組みと適切なアドバイス体制、そしてなにより個々人の覚悟がないと、簡単に成果は上がらないだろう。新卒一括採用の慣習は変わらず、大学教育と職業実務とのギャップは続き、さらに教授1人当たりの担当学生数も多く、まめなレポート添削のような対応は乏しく、そもそも教員が研究にばかり目を向け、教育者としての自覚がないままならば、入学前の半年程度の自由期間が大学での学習活動の質をただちに高めるとは、とうてい思えない。


長らく日本人の心に根付いている「桜の咲くころの入学式・卒業式」のイメージを変えることは、容易でない。リクルートの 「高校生の価値意識調査 2012」(高校2・3年1,239人、ネット調査。2012年4月)によると、秋入学に賛成する高校生は4割弱にとどまる。「ギャップタームがムダ」「社会に出るのが遅れる」などと前向きでない。若者の自律と試行錯誤のための貴重な機会と捉える土壌に乏しい。


実際に、考えられるデメリットも多い。財政年度が4月~3月で、多くの社会・経済・行政等がこのシステムで動いているなかで、しかも高校まではその方式なのに、大学だけを9月~8月というリズムにもっていけるものなのか。大学と社会諸制度とのズレは、思いがけないきしみやゆがみをもたらさないのか。そもそも東京大学と一部エリート大学は秋入学に前向きでも、残る大部分の大学が躊躇しているなかで、予想されるような弊害は起こらないものか。たしかに、まったく解決困難な課題とはいえない。だが、解決できるだけの即効薬も思い浮かばない。


日本が日本の市場だけでは経済を成り立たせなくなった現実を考えると、グローバルな動きへの対応は急務である。そうした場で活躍できる人材も必要不可欠だろう。しかし、国内での秋入学をめぐる温度差は大きい。


さらに加速するグローバル化に対応できる人材の育成が日本の急務であるならば、日本からどういった人材を輩出しようとしているのかを明確にした中・長期的ビジョンを描くことが必要であろう。異文化の中でうまくコミュニケーションをとって仕事を進めていく和の人材なのか、カルロス・ゴーン氏のように国や人種を問わず、強いリーダーシップを発揮できる人材なのか。どちらにしても今までのように日本国内だけで人材が回っていた内部労働市場は収束し、海外の優れた人材と同じステージで戦わなくてはならないことは確かである。日本の人材が世界の中でどういった役割を担っていくのか、近視眼的な発想をするばかりでなく、日本と世界の動きを視野に入れた、中・長期的ビジョンを持つことこそが大切だと思われる。

 

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