グローバル人材の育成 ー高校の取り組みを中心にー

グローバル社会で活躍できる人材を育てようという試みは、大学を中心にこれまでにもいろいろな取り組みが行われてきた。しかし近年、社会での「グローバル人材」のニーズはさらに高まり、(1)より幅広い能力を持った、(2)より幅広い層の、(3)より早期からの、グローバル人材育成が求められるようになっている

 

英語力の必要性は従来から指摘されているが、単に言葉が使えるというだけではなく、異なる価値観を持つ人とコミュニケーションがとれる力や、チャレンジ精神・主体性といった幅広い能力が求められるようになっている。またグローバル社会との関わりを持って働く時代を迎え、これらが一部のリーダーにだけ求められる素養ではなく、より一般的に求められるようになりつつある。こうした変化を反映して、大学生、社会人だけではなく、より早期からのグローバル人材育成のための取り組みを行う必要性も指摘されている。


そこで今回の特集では、まず概説でグローバル人材の需要の高まりやグローバル人材育成のための政府の取り組みについて概観したあと、異文化間コミュニケーションの能力を高めるためのトレーニングと、グローバル人材育成に取り組む学校を4例紹介する。小中高の発達段階を意識した指導例として立命館学園、続いてグローバル人材に必要な3つの要素の育成に関わる取り組みをしている高校3校を紹介する。これらを通して、グローバル人材育成のために高校ではどのような取り組みができるのか考えてみたい。

 

概説:グローバル人材育成の経緯と、今後の展開

中小企業でも海外進出が増加し
グローバル社会で活躍できる人材の需要が高まる

 

現代では、政治・経済・文化をはじめとするさまざまな分野でグローバル化が進展している。

 

まず日本企業の海外進出の様子をみてみよう。海外に現地法人を持つ日本企業を対象に行った、経済産業省「海外事業活動基本調査」(2009 年)によると、海外売上高は2008 年のリーマンショック後の2009 年でも売上全体の約30% を占めており、グローバルに経済活動を行っていることがわかる。海外拠点の設置・運営にあたって企業が感じている課題の1位が「グローバル化を推進する国内人材の確保・育成」(74%)である(経済産業省「グローバル人材育成に関するアンケート調査」、2010 年)。


また、従来、海外進出は主に一部の大企業が行うものというイメージが強かったが、近年は少子化で国内の人口が減少し、国内消費が先細りになることが予想されていることから、中小企業の海外進出も増加傾向にある。こうした傾向を受けて、グローバル社会で活躍できる人材の需要はさらに高まっている。

 

 

若者の海外勤務についての意識は二極化傾向
外国についての興味の有無が積極性に影響

 

グローバル社会で活躍できる人材のニーズが高まる中、グローバル社会で働くことへの若者の意識を測るデータとして、海外勤務への意識に関する調査結果をみてみよう。産業能率大学「新入社員のグローバル意識調査」(2010年)<図表1>では、「海外で働きたいと思うか」という問いに対し、「働きたいとは思わない」と海外勤務に消極的な回答をした割合が、2001 年度の29%から2010年度の49%と増加している反面、「どんな国・地域でも働きたい」と海外勤務に積極的な回答をした割合も17%から27% に増加している。海外勤務への志向が二極化しているといえそうだ。

 

<図表1>新入社員のグローバル意識調査
<図表1>新入社員のグローバル意識調査

では海外勤務に積極的な人、消極的な人はなぜそう考えているのか。内閣府「労働者の国際移動に関する世論調査」(2010 年)で、「外国での就労に関心がある」、もしくは「関心がない」と回答した理由をみると、20 歳代の「外国での就労に関心がある」理由としては「外国の文化や生活に興味がある(76%)」「語学力の向上・活用を図りたい(58%)」「技能の向上・活用を図りたい(49%)」の順に高くなっている。「関心がない」理由としては「外国で生活することに不安を感じる(59%)」「語学力に自信がない(56%)」の順に高かった。

 

この結果をみると、20 歳代の海外勤務についての意識は、外国で生活することにポジティブなイメージを持っているかが影響していそうだ。留学など、就職前に海外での生活を経験する取り組みや、より実践的な語学教育の推進が、若い世代の海外勤務への積極性を高める可能性がありそうだ。

 

 

海外への日本人留学生数は減少傾向
大学の支援体制の強化が必要

 

それでは、学生時代の留学に関する調査をみてみよう。近年の日本人留学者数の推移と、留学制度の問題点についての大学へのアンケート結果だ。

<図表2>国別 学生の海外派遣者数の推移
<図表2>国別 学生の海外派遣者数の推移

OECD の調査では、世界の留学生は1975 年の80 万人から2009 年の367 万人へと過去30 年間で4倍以上に増加しているのに対し、国別に見ると、日本からの留学生数は2004 年から減少が続いている<図表2>。こうしたデータからは「内向き」志向の若者の多さを指摘されがちだが、留学するための環境が整っていないことも学生が留学を敬遠する要因になっている


国立大学協会国際交流委員会留学制度の改善に関するワーキング・グループ「留学制度の改善に関するアンケート」(2007 年)は、国立大学を対象に、学生の海外への派遣に関する障害について調査した。「帰国後、留年する可能性が大きい(68%)」「経済的問題で断念する場合が多い(48%)」の割合が高く、留学する学生への就職や学費に関する支援が十分でない現状が読み取れる。また「帰国後の単位認定が困難(37%)」「助言教職員の不足(26%)」なども障害と感じている大学の割合が比較的高く、学生が留学に消極的になる理由には、大学の体制等の要因も影響していそうだ。

 

 

「グローバル人材」が持つべき3つの要素が定まる
語学力だけでなく、より多様な能力が必要

 

このようにグローバル社会で活躍できる人材を確保して、海外拠点の設置などを積極的に進めたい企業と、さまざまな要因から海外勤務や留学に踏み切れなかったり、現在のグローバル社会のニーズについて十分な理解ができない一部の若者との間にはミスマッチが生じている。

 

こうした現状を踏まえ、政府は日本企業の国際競争力を低下させないための対策として、グローバル社会で企業が求める人材像を「グローバル人材」とし、グローバル人材の持つべき能力の整理、具体化と、その育成のためにすべきことについてまとめた。それが2012 年6月に発表された、国家戦略室の「グローバル人材育成推進会議」の「グローバル人材育成戦略(グローバル人材育成推進会議 審議まとめ)」である。


ここではグローバル人材の概念を、「要素I:語学力・コミュニケーション能力」、「要素II:主体性・積極性、チャレンジ精神、協調性・柔軟性、責任感・使命感」、「要素III:異文化に対する理解と日本人としてのアイデンティティー」の3つの要素に整理した<図表3>語学力だけではなく、幅広い能力が必要とされている

 

<図表3 >グローバル人材の概念
<図表3 >グローバル人材の概念

またこうした幅広い能力を持ったグローバル人材であることは従来、トップ・エリートの素養として求められたものだが、今後はより幅広い層に求められる素養であるとした。例えば、要素Iの語学力については、5つのレベルを設定している。5つのレベルとは
(1)海外旅行会話レベル、
(2)日常生活会話レベル、
(3)業務上の文書・会話レベル、
(4)二者間折衝・交渉レベル、
(5)多数者間折衝・交渉レベル、
の5段階だ。今後は(4)、(5)のハイレベルな語学力を持つ人材が継続的に育成され、一定数確保されることがきわめて重要であること、またそのためには「同一年齢の者のうち約10%が概ね20 歳代前半までに1年以上の留学ないし在外経験を有」することをめざすとした。これに加え、「(3)レベルのグローバル人材についても、相当程度の厚みのある人材層を形成することが必要」としている。このように、トップ層だけではない、より幅広い層を加えた、多数のグローバル人材の育成をめざすことが定められたことも、この「グローバル人材育成戦略」の特徴だ

 

こうした3つの能力を持つグローバル人材は、より具体的にいうと、グローバル化する社会の動きやその中での自分の役割を理解し、かつ外国語や異文化について一定の知識や技術を持って、仕事をすることができる人のことだ。グローバル化によって、世界各国との結びつきが複雑になると、国内の市場の動向だけを意識して仕事をしたり、海外の一企業と一対一で取引をするだけでは利益を保てなくなる。複数の国の企業や市場に目配りをした、より高度な判断が求められたり、日本国内にいても外国人とともに働く、海外の事業所と連携して仕事を進めることが求められるなど、外国の文化や情勢、言葉を理解する能力が必要な場面は多くなる。また、直接外国と関わる仕事をすることはなくても、取引先の国内企業の海外進出によって、自社でも海外でのニーズを意識した商品開発が必要になるなど、自分の仕事が世界の市場とどのようにつながっているのかを理解して主体的に仕事をすることが求められる場面も増えていく。こうした場面で必要な新しい視点や能力を持っている人をグローバル人材として育成しようとしているのだ。
 

 

政府主導の、大学でのグローバル人材育成の取り組みは
受け入れ中心から送り出しへ拡大

 

では<図表3>のようなグローバル人材としての能力を身につけるための具体的な取り組みは、どのように行われるのか。大学教育と、初等中等教育のそれぞれで、これまでに政府が取り組んできたことや、今後力をいれていくことについてみていこう。


まず大学での取り組みについてだが、当初、グローバル人材の確保のために政府が取り組んできたのは、主に大学での取り組みだ。なかでも重視していたのは日本人学生をグローバル人材に育てることではなく、日本の大学へアジア諸国から留学生を受け入れることによって、日本企業が外国人人材を獲得できるようにすることだ。留学生受け入れによって、結果的に日本人学生が国内で学びながら、外国人学生と交流できる機会は増えたが、日本人学生が海外留学する送り出しのための政策はあまり重視されなかった。

 

しかし中央教育審議会答申「新たな留学生政策の展開について」(2003 年)で日本人学生が海外で学ぶための支援も行う必要性が指摘された。具体的な施策としては、奨学金の充実や、日本学生支援機構による情報提供などが挙げられている。その後の日本人留学生の送り出し事業としては、経済産業省「GLAC(グラック:Global Activity of Japanese)事業」(2011 年)などがある。これはインドとベトナムに立地する日系企業に日本人学生を派遣し、2~3週間の短期インターンシップを実施するものだ。受け入れについても、例えば文部科学省「留学生30 万人計画」(2008 年)では2020 年を目処に30万人の留学生受け入れをめざしているなど、継続的に取り組まれているが、近年は日本人学生をグローバル人材に育成するため、受け入れだけでなく、送り出しにも支援が広がっている

 

また、学生の送り出し、受け入れだけではなく、グローバルスタンダードを意識した大学の制度改革も行われている。この取り組みとして、文部科学省「グローバル人材育成推進事業」(2012 年)がある。これは大学教育のグローバル化を目的とした体制整備を推進する取り組みを財政支援するものだ。採択された取り組みの中には、海外の大学との単位互換、留学や留学生対応の専門職員の配置、シラバスの充実やナンバリング(注)の導入などの教育課程の国際通用性を高めるものなど、多様な取り組みがある。優秀な外国人学生を呼び込む魅力ある大学作りや、日本人学生が海外でも自由に学び、成長できるような体制を整えることをめざす。

 

(注)ナンバリング…授業科目に適切な番号を付し分類することで、学修の段階や順序等を表し、教育課程の体系性を明示する仕組み。

 

 

初等中等教育では、実践的な英語教育の強化
高校留学促進、英語教員の英語力向上の事業に重点

 

次に初等中等教育での取り組みをみてみよう。初等中等教育でも従来から英語教育や国際理解教育は行われてきたが、大学や就職後にもつながる「グローバル人材育成」のための取り組みとしてこれらが位置づけられた。今後、初等中等教育で取り組むべきこととして、「グローバル人材育成戦略」では、(1)実践的な英語教育の強化、(2)高校留学等の促進、(3)教員の資質・能力の向上の3つが課題として挙がっている。


「(1)実践的な英語教育の強化」は英語科の授業の改善が中心だ。外国語活動、英語科に関する新学習指導要領の内容は<図表4>のようになっている。小中高一貫して、「聞く」「話す」「読む」「書く」の4技能をバランスよく身につけ、英語でコミュニケーションができることを目標にしている。こうした能力を身につけさせるため、従来の講義形式でない、生徒が授業中に多様な言語活動を行えるような授業への切り替えが強く求められている。

 

<図表4>小中高を通じた英語教育の充実
<図表4>小中高を通じた英語教育の充実

 

「(2)高校留学等の促進」にも取り組む。18 歳頃までに1年間以上の留学や在外経験を有する者を3万人規模に増やすことをめざすほか、海外への関心を高めるための海外勤務・留学経験のある社会人等との交流、海外への進学・留学のための情報提供などが検討される。

 

「(3)教員の資質・能力の向上」としては英語担当教員採用時にTOEFL・TOEIC の成績等を考慮することや、英語担当教員等の養成の中核的拠点となる大学の整備などが挙がっている。

 

多くの新しい政策が挙がっているが、<図表3>のグローバル人材の概念に沿って考えると、初等中等教育では、まずは実際の場面で使える確かな英語力(【要素I】)と、異なる文化的背景を持つ人と交流できる力(【要素III】)を育てることが中心になるだろう。それに加え、新たなことにチャレンジしたり、主体的に行動できる力(【要素II】)も求められる。これについてはグローバル人材育成のために新しい取り組みを始めるというよりは、既存の取り組みを世界への視点と結びつけることが重要になりそうだ。

 

さらに、海外で働く人が今後増えること、国内で働くにしても海外の企業との関わりや、日本で働く外国人との協働の機会が広がることなどによって、より多くの人にグローバル人材としての素養が求められるようになる。その中で、初等中等教育ではグローバル社会のイメージを具体的に伝えたり、そうした社会の中で将来自分はどう学び、働きたいのかを考える機会を設けることが必要になりそうだ。

 

Guideline 2013.4・5(河合塾) より

運営:リベルタス・コンサルティング

 (協力:河合塾)

 

 

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