教育フォーラム「グローバル人材の育成と活用〜大学教育の現場から」

(主催:朝日新聞社、特別協賛:学校法人河合塾、後援:経済産業省)

2013年2月1日、朝日新聞社が主催する教育フォーラム「グローバル人材の育成と活用〜大学教育の現場から」(特別協賛:学校法人河合塾、後援:経済産業省)が有楽町朝日ホールで開催されました。


基調講演では国内3大学の学長がそれぞれの取り組みを紹介。東京大学総長の濱田純一氏は「多様性を力に」というタイトルのもと、教養教育の重要性や討議型授業の課題にも言及しました。慶応義塾長の清家篤氏は「自分の頭で考える力を養う」をテーマに、大学での学問を通じて培われる問題発見・解決能力は今後の産業社会においても必須の基礎能力であると指摘。関西学院大学学長の井上琢智氏は「垣根なき学びで育てる世界市民」というタイトルで、異文化交流を基盤に創立した同大の理念や伝統を紹介しました。

 

パネルディスカッションでは、ジャーナリスト・東京工業大学教授の池上彰氏を司会に迎え、「大学はどのように多様な環境を用意できるのか」「海外から優秀な留学生を迎えるには」「東大が提唱した秋入学の課題」「タフな人間をどう育てるか」などのテーマに沿って、3大学の学長がそれぞれの取り組みを紹介しました。その後の、河合塾教育研究部部長の谷口哲也氏による特別講演「世界を視野に、高校と大学をつなぐ」では、ジェネリックスキルやアクティブラーニングの重要性が伝えられました。

 

下記に、3大学の学長の発言内容をまとめました。

 

「多様性を力に」 東京大学 濱田純一総長

よりグローバルに、よりタフに


人材育成とよく言われるが、材というよりも生身の「人」をどう育てていくかが何よりも大切なことだと思います。私は学生を育てる方針として、「よりグローバルに、よりタフに」ということを言い続けてきました。グローバルであるということは、単に外国語ができたり、世界についての知識を持っていたりすることだけではありません。いろいろな国の人と出会う中で自分とは違った生活や価値観に触れ、ぶつかりあいながら受け止める過程で、自分とは異質なものを、自身の知的な力や行動力や想像力のもととして取り込んでいく。それが一番大切なことだと思っています。


そうした力は国際的な場面ではもちろんのこと、日本の中で活躍するときにも発揮されるはずです。さまざまな経験を経たことで、さまざまな発想の源となる引き出しをたくさん持っている。このことは、今まで経験したことのないような状況に対して柔軟に創造的に取り組むことができる力になります。現在は日本の地方自治体の首長さんにも国際経験のある方が増えていますが、つまり国際経験で培った力が地方自治の運営でも活きているということだと思います。


それから「タフである」ということは、どのような状況の中でも主体的に考えて能動的に行動していくことを持続できる力だと思います。こうしたタフさは勉強の場面でも必要なのですが、いろいろな社会的な課題に立ち向かうときにも今まさに必要とされる力です。課題に立ち向かう際に、たくさんの人ときちんとコミュニケーションをとれるかどうかも、タフさの大切な要素になります。

 

多様性と向き合いながら、いかに知的水準を保つか


今のような時代に知識を社会に生かしていくためには、多様性を力として取り込んでいくことが大切です。たくさんの本を読んで学ぶことも多様性を得る1つの方法ですが、社会の現実が持つ多様性から栄養を吸い取っていくさまざまな経験を通して、多様な状況に対応することができる力が身についていくわけです。そのためには自分というものをしっかり持っていることが大切です。特にグローバル化ということを考えると、日本社会の歴史や文化・生活に対して十分な理解を持っておく必要があります。

 

「多様性を力に」という話は、最近よく言われる「教養教育が大切だ」という話にもかかわってきます。教養というのは時間や空間を超えた多様な知識・知恵のことで、それらを自分の中に取り込んでいく過程で、自身の知識が増えたり、あるいはこれまでの自身の考え方の見直しを迫られたりするわけです。


また、学生たちには多様性と向き合うことと同時に、世界トップ水準の知識・知恵を持ってもらいたい。その点で気になっていることが幾つかあるのですが、その中の2つをお話しします。


1つ目は、カリキュラムをどんどん英語にしていくことが、知識の水準を保つために本当にいいことなのかという問題です。たとえば本学の物理学の授業 は世界ランキングで2位を占めていますが、「学部での授業は日本語でやるべきだ」という意見が強い。やはり学部時代は慣れ親しんできた日本語の概念を用いて授業をしたほうがより理解できるということです。世界をリードする日本の学問分野ではむしろ日本語でしっかり教えるべきで、そこを英語にすると却って水準が下がってしまうのではないか。もちろん研究業績は英語で発信しますし、大学院では全部英語で行うのですが、どの段階から英語で教えるかは 知的水準を保つことを考えると慎重に考えなければいけない。こういう学問分野は文科系も含めていくつかあるだろうと思っています。


2つ目は、日本の伝統的な教育方法は一方向での大講義だったわけですが、近年は「双方向型あるいは討議型の授業をするべきだ」という意見が出てきています。多様な意見とぶつかりあいながら自分の知識を鍛えていくためには、討議型の授業はもっと増やしていいでしょう。ただ、そういった授業は知識を教えるためには非常に効率が悪いという面もあります。討議型の授業をするのであれば、学生があらかじめ教科書をしっかり読んでベースは理解していることが前提になります。アメリカでも授業前にはあらかじめ分厚いテキストを読ませたり、最近ではオンラインであらかじめ授業を受けさせたりしているようです。やはり事前学習をセットにしてやらないと、学生の知的水準を下げるリスクがあると思っています。

 

海外派遣と留学生の受け入れ


海外体験としては、現在の日本人の生活や考え方は欧米の影響が強くなっているので、むしろアジアの国々に出て行くほうが多様性を感じられると考えています。在学時に出て行ける機会をできるだけ作り、できれば経済的なサポート環境も整えていきたい。


留学生の受け入れに関しては住居不足が大きな障害になっています。本学はこれまで留学生の受け入れは基本的に待ちの姿勢だったのですが、それではいけないと考え直し、東欧など日本に留学生があまり来ていない国に出かけて積極的な広報活動を始めました。今後は南米やアフリカでの活動も考えています。

 

秋入学に関する課題


秋入学に関する最大の課題は、企業に受け入れてもらえるかということでしたが、かなりのところから「協力する」と言っていただけています。残る課題は国家試験ですが、今のところ「積極的に取り組んでいく」と伺っています。


もう1つの問題は、入学前の期間をどう有効に使うかということです。本学では半年間のギャップタームを国際経験や社会経験をしてもらおうという方向で計画を立てていますが、それには受け皿をしっかり確保していく必要があります。この問題に関しては「18歳が自主的に有効に半年間を使えるのか。ぼうっと過ごすだけで学力低下につながらないか」という懸念も出ています。この点は社会全体で考えていくべきことではないでしょうか。つまり18歳という年齢を「頼りない」と捉える社会であっていいのかどうか。そのあたりが秋入学を進めるうえでの大きな課題になると考えています。

 

 

「自分の頭で考える力を養う」 慶応義塾大学 清家篤塾長

どんな状況にも対応できる基本的な力をつける


大学をめぐるステークホルダー(利害関係)の中心は、言うまでもなく学生です。産業界の要望に耳を傾けるのは、第一義的には学生の職業人生を考えたときに、彼らにとってどんな大学教育がよいのかと考えるからです。


たとえば産業界からはしばしば、「すぐに役立つ学生を教育してほしい」という、いわゆる即戦力要望が挙がります。これは昔から繰り返しある要望です。


しかし仕事をするうえでの技能や技術は、あくまでもその仕事をするときに必要な技術および市場構造が前提となって、ある種の能力が提示されるわけです。つまり現時点での即戦力というものは、現在の技術とマーケットのもとでの即戦力であり、5年経つとその能力は陳腐化してしまうかもしれません。


私たちが学生に身につけてもらいたい力は、どんなに市場や技術が変化しても、そのもとで仕事をし続けられる能力です。新しい状況を自分の頭で理解し、その理解に基づいて問題を解決していける能力です。具体的には、新しい状況の中で考えるべき問題を選びとり、その問題がどうして起きるかを自分なりに考え、その考えが正しいかを何らかの方法で確認し、正しければその考えに基づいてとるべき選択肢を選択するということです。これは「問題テーマを見つけて、何らかの仮説を立て、実験や統計あるいは文献調査などによって検証し、結論を導く」という学問の作法にほかなりません。


学問を学ぶということは、過去に学問を確立した人たちが、まさに自分の頭でものを考えたプロセスを追体験する作業です。そういう意味ではしっかり学問を学ぶことを通じて、自分の頭でものを考える力を養うことが、特に今日のような変化の大きい時代には大切なことだろうと思います。

 

早い時期に異文化に触れてほしい


もう1つの大切な状況変化はグローバル化ということです。日本は貿易立国ですから、昔から産業界はグローバルな競争をしてきたわけですが、冷戦の崩壊でその性質が大きく変わりました。冷戦までは世界人口の3分の1くらいはグローバルな競争に参加していなかった。中国や東欧で作られた製品が西側企業の製品と競争することはあり得なかったのですが、冷戦が崩壊し、世界人口の3分の1の人が安い賃金で一気にグローバルな競争に参加するようになった。このことがグローバル競争のありようを大きく変えたわけです。


加えて日本は人口が減り始めて国内の市場はどんどん縮小し、産業社会は海外の市場に依存する状況がこれまで以上に強くなっています。そういうなかでこれから社会に出る学生たちは、異なる言語を話し、異なる宗教を信じ、異なる価値観を持つ人と一緒に仕事をしていかなければいけない。以心伝心で物事が進むような状況ではなく、論理によってコミュニケーションをとって互いに理解しながら仕事をしなければいけない状況がますます多くなる。自分の母国語ではない言葉を使いながら、明解なロジックを組み立てて相手を理解し説得する。これは知的な強靭性がいる作業です。そのためには母国語以外の外国語を学ぶ、特に世界共通語になってきている英語の能力を高めることが大切ですし、そしてもっと重要なのは論理の力を高めていくことです。論理は言語や文化が違ってもかなり共通に通用するものです。

 

学生にはできるだけ早い時期に異文化に触れさせ、異文化の中でコミュニケーションをとることが大切だということに気づいてもらいたい。長期間の留学はハードルが高いので、短期の留学プログラムをよりたくさん作っていく予定です。その一環として、サマースクールに行きやすい環境を作るため、学事歴を少し変えることも検討すべきではないかと考えています。あるいは海外から留学生を受け入れるときも、できるだけ国内の学生と一緒に机を並べて勉強してもらうプログラムにしていきたい。

 

文理融合プログラムで幅広い視野を培う


本学は学生が幅広い視野を持てるよう、文理融合プログラムにも力を入れています。文系学部の1・2年次では実験を伴う理科系の授業を設置し、自然科学の基礎知識をもたせると同時に、仮説を作って検証をして結論に導くという科学的な方法論を体得してもらっています。


さらに昨年4月からは、文科省の助成金を得て、リーディング大学院プログラムも始めました。ここでは大学院の学生が複数領域の勉強ができる仕組みを整えています。たとえば理工学研究科の学生が経済学研究科の授業をとり、逆に商学研究科の学生は医学研究科の授業をとれるような、文理融合の授業を展開しています。さらにプログラムで行う授業は原則英語で、海外からも院生を集めやすくしています。異なる文化圏の留学生と一緒に勉強し、かつ理科系の文化に染まっていた人たちが文科系の文化に触れるという、2つの次元での異文化体験をしながら幅の広い修士・博士号をとってもらうことが目的です。


また、海外から優秀な大学院生に来てもらうには、本学でしかできない独自プログラムを強化していくことが最も大切だと思っています。これは一例ですが、中国や韓国の地域研究をしている法学研究科の東アジア研究所は、欧米の大学からも非常に高い評価を得ています。医学研究科ではiPSの先端的な研究をしており、海外からも優秀な学生が来ています。「この大学に行かないと最先端の研究ができない」というものをどれくらい作っていけるかが、留学生を呼ぶためのキーになるのではないでしょうか。


大学は学問で社会に貢献する組織です。学問を通じて自分の頭でものを考える。そして異文化の中でコミュニケーションをとることのできる人を育てていく。これらに努力していくことが社会に対する最大の貢献だと思っています。

 

「垣根なき学びで育てる世界市民」 関西学院大学 井上琢智学長

異文化との接触を通じて、自身の思想を相対化する


関西学院の創設者ランバス先生は、医療宣教師としてアフリカや南米にも渡り、「世界市民」と言われた人物です。現在本学では創立者の生き方に倣い、1人でも多くの世界市民を育てていくことを、改めて目標に掲げています。


創立当初から、本学では外国人宣教師の先生方と日本人学生が垣根なく学ぶ環境を作ってきました。外国人は居留地にしか住めなかった時代に、キャンパスには宣教師および日本人の先生方が住む建物が作られ、「真実の前では教員も学生も平等である」という視点のもと、授業外での交流も大切にされてきました。

 

私は昭和40年代の入学生ですが、当時は今日のようにたくさんの英語学校がある時代ではなく、宣教師さんとの交流はまさに異文化との触れ合いでした。お連れ合いが作ったクッキーを食べ、同時に英語を学べる環境が昭和40年代でも実現されていたのです。現実的にたえず異言語と接触することによって、その言語の背景にある文化や思想を学び、そのことを通じて自分の思想を相対化するのは、きわめて重要な営みです。

 

相対化の一例として、「頭の中で世界地図を描いてください」という話を学生にすることがあります。日本人の多くは、日本が真ん中にあり北が上にくる地図を思い浮かべることでしょう。しかしこれは日本で作られている地図で、ヨーロッパでは地図の中心にはロンドンがきます。オーストラリアでは公式な地図ではないにせよ、オーストラリアが真ん中でしかも上にきている地図があります。つまり自分が持つ地図のイメージは日本という文化の中で作られたもので、見方を変えれば少なくとも3つの地図が描ける。このような自分の考え方を相対化する作業は、もしかすると大学入学以前にしなければいけないことかもしれません。

 

社会で一定の役割を果たす人、目立たなくても社会で大きな働きを果たす人に


関西学院4代目院長のベーツ先生は、本学の教育の根幹となるいくつかの言葉を残しています。「1人ひとりが持つ神から賜った才能を自ら発見し、自ら育てられるよう、教師の役割は見守ること」という言葉は教育方針となり、「Mastery for Service」はスクールモットーとして受け継がれてきました。「Mastery for Service」は通常、「公共のための練達」と訳されています。これは私の解釈ですが、ヨーロッパの個人主義は社会に混乱を引き起こす可能性があり、混乱させずに社会に調和をもたらすには、個人主義的な1人ひとりが、 他の人を思いやることによって社会とつながる必要がある。「Mastery for Service」という言葉によって他者とつながることの大切さを、学生たちに戒めたのではないかと私自身は考えています。

 

また、聖書には「地の塩」という言葉が書かれています。塩は少量でも殺菌作用を及ぼすように、少数者であってもたえず批判の目をもって社会に接するということを意味していたとすれば、私たちはマイノリティであっても社会の中で一定の役割を果たすべきだということを教えている言葉です。これも本学が大切にしている言葉の1つです。


もう1つの大切にしている言葉として「アンサン・ヒーロー」というものがあります。本学はスポーツでも頑張っており、アメリカンフットボール部は2年続けて全日本大学選手権で優勝しました。大会の中で表彰されるのは活躍した人ですが、クラブの中では「アンサン・ヒーロー」という言葉でなされる独自の表彰があります。見えない形でクラブの活動に大きな貢献をした人に捧げる賞です。社会に出てリーダーシップをとることは重要ですが、本学ではそれ以上に、目立たなくても社会を動かす中で大きな働きをする人になってもらうことを望んでいます。

 

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