育成事例

1.大学での「社会人基礎力」育成

社会人基礎力で実践力を高める~研究室のケース~

企業研究者の研究指導で大きく伸びる。

自らの研究を問い直させ、社会とのつながりを考えさせられる緊迫のプレゼン

大阪大学大学院工学研究科


理工系学部の研究室システムは、実は社会人基礎力育成に一役買っていた

大学の理工系学部には、実はもともと「社会人基礎力」育成に適したシステムがあります。4年生になると誰もが卒業研究のために研究室に所属する、というシステムです。そして多くの大学では、指導教官の教授室の横に、学生達一人ひとりの机が並べられた彼らだけの部屋が用意されます。そこに4年生から大学院生なども含めて皆が毎日通い、集まり、雑談し、セミナーや講義に出たり、実験をしたりしながら、卒業研究に向けて勉強していくのです。


そこで学生は、完全に「研究漬け」になります。研究は当然、計画的に進めなければいけません。そして研究室で行われるセミナーのたびに、どういう方法で研究を進めるか、研究成果はどうなっているかなど、指導教官や准教授、その他の研究員や大学院生とも話し合い、評価され、問い直され、それを次のセミナーまでに改善するといった形で指導されていくのです。


学会の研究会で発表する機会もあり、それは大変な栄誉ではありますが、指導教官との連名で、多くの専門を同じくする研究者や学生の前で話すわけですから、真剣に準備して臨まなければなりません。研究内容の検討のみならず、プレゼンテーションの仕方まで指導教官にしっかり指導され、何度となく練習する場合も少なくありません。質問に出そうな内容はあらかじめ予測し、検討しておきます。


いかに説得的なプレゼンテーションをし、発表内容に興味を持ってもらえるかはとても重要です。他の研究者たちに興味を持たれるということは、その研究に社会的意義があるということに他ならず、その研究の続行を許されることになります。もし企業の人にアピールできれば、就職などにもつながるでしょう。


また研究室のメンバーとは絶えず一緒ですから、勉強からレクリエーション面まで含めた人間的な交流も深めていきます。定期的に親睦会を開いたり、スポーツ大会などをしたり。学園祭で、科学実験教室を開いたりする場合もあります。またOBとの交流も定期的に行われます。


つまり理工系学部の研究室は、これまでも厳然と、よくできた「社会人基礎力」育成道場として機能してきた組織と言えるのです。


事実、卒業生が企業から、人材としての高い評価を受けている研究室も少なくありません。指導教官の配慮が適切だったり、先輩が後輩を、という指導体制ができていたりして、研究もプライベートもめんどうを見るような形ができていたりすることは、学生を専門的研究面だけでなく、いかなるテーマにも応用可能な研究基礎力面でも、また人間的な面でも、成長させていくからでしょう。


学生自身にしても、「研究室に所属してこそ、大学で学べているという感覚を持てた」という声が少なくないといいます。

 

変質する学生と多くの仕事を抱えた大学研究室の苦悩

では、理工系研究室においては、何も新たに「社会人基礎力」育成を考える必要はないのでしょうか。


ところが、研究室の実状は、そう単純でもないのです。学生は必ずしも意欲的な学生ばかりではありません。むしろ、なぜその研究室に入ったのか、理由もない学生は増えていると言われます。または社会性の乏しい学生も増えているのです。近年、研究室に所属していながら不登校になる学生を、学生生活支援センターなどがいかにフォローしていくかが大きな課題の一つとなっていると聞きます。


それでも教官は、研究室運営をし、学生を指導していかなければなりません。教官サイドとしては、学生とよい関係を作って良好な指導体制を築き、学生が元気に意欲的に研究をし、それが研究成果に結び付いていくことが望まれるでしょう。しかしその指導教官にしても、学内外にたくさんの仕事を抱え、学生を指導する時間が取りにくくなってきているというのが現状のようです。

 

企業サイドの事情も、従来以上の社会人基礎力育成を要請 

さらに、研究室は、学問世界と実社会・産業界の接点にあり、まさに学生はそこを出た瞬間、実社会・産業界でもまれることになります。卒業時点で専門性も有していますから、それほど期間をかけずに現場のリーダーになる、幹部候補生としての期待も高いのです。したがって在学中に、それに応えられるだけの準備はさせておきたいものです。


学生達の就職先である製造業の世界は、これまで以上に競争が激しくなっています。かつて会社は年々事業を拡大していくのが普通でしたから、採用人数も多く、新卒生もそれほど深い知識や思考力、「社会人基礎力」は求められませんでした。しかし今や、高い成長率が見込めない一方で、知識・技術は急激に更新されていきます。他分野の知識までも吸収して新しいものを生み出していかなければならない状況になっています。その上、経費を抑えるためもあって、企業の新人教育はできるだけ効率的に行うことが求められています。


こうした状況では、これまで行われてきた研究室運営レベルでの「社会人基礎力」育成でも不十分ではないか、という声が上がってくるのも当然でしょう。社会に出てすぐに通用するくらいの「社会人基礎力」を育て上げるような、より明確でしっかりした仕掛けを、研究室運営の中に組み込んでいく必要が、求められてきているのです。

 

研究者・リーダー人材育成に大学での社会人基礎力育成が必要と、いち早く考えた大阪大学

このような状況の中で、一歩進んだ試みを始めているのが大阪大学です。


研究というと、自由に行えるという印象がありますが、人に理解され、その結果として資金を得られなければ研究は行えなくなります。そのためには、なぜこの研究しているのかを常に自分自身に問いかけ、絶えず自分のしている研究を客観的に把握しながら、一方で社会に対し、この研究がいかに必要で社会に貢献できるかを、自分の言葉で伝えられなければならないのです。


それに必要なのが「前に踏み出す力」、とりわけ「主体性」を中心とした「社会人基礎力」だと考えるのが、大阪大学大学院工学研究科附属フロンティア研究センター(現在は、付属高度人材育成センターに所属)に所属する北岡康夫教授です。


北岡先生は、産業界・大学にかかわらず、いずれ研究者になっていく可能性の高い大学院生にとって「社会人基礎力」育成は切実だ、とかねがね思っていたそうです。特に大阪大学はTime Higher Education Supplement誌の大学世界ランキングで43位(平成21年)、日本国内3位の大学です。その責務から言っても、大阪大学工学部はものづくり大国日本を担い、絶えずイノベーションを起こし国際競争に打ち勝っていけるようなリーダーを育てなければいけません。絶えず自らの研究というシーズを、社会に役立ち人のためになるようなもの、いわばニーズに変え、世の中に披瀝できるような人材を育てていかなければならないのです。


そもそも北岡先生は、企業の研究者として、大学との共同研究を行っていました。しかし、そこで見た学生の研究へ取り組み方や考え方には違和感を持っていたと言います。研究は社会に貢献しなければいけない。そういう意識が、学生の研究には弱いと感じていたそうです。学会発表すると言っても、学生は、共通知識を持った同じ専門領域の研究者に向けて話すだけであったり、大学院生ということで大目に見てもらえたりする傾向もあります。しかし企業における上司や事業部へのプレゼンテーションでは、そんな生易しい発表では許されないからです。

 

企業人による実践講座

そこで考えついた研究指導法が、研究室ごとに、日頃から指導教官と関係のある研究仲間や研究室OB、共同研究者などを招き、企業内で若手への研究指導として行っていることを大学院生にもしてもらう、という講座でした。実際には、11の研究室が各4回の講座を実施しました。


多くの学生の、自分の研究テーマへのコミットメントにはかなり高いものがあります。急ごしらえのプロジェクトへの参加などとは、おのずと意識が違います。それが乗り越えられないと卒業もままならず、場合によっては思い描いていたキャリアも変えなければならなくなります。したがって研究への取り組みは真剣そのものと言ってよいのです。


その研究を、自分がいずれ活躍したいキャリアの中核にいて、しかも自分が就職するかもしれない企業の研究をリードしている人、まさにイノベーション現場の先端研究を評価している人たちに評価してもらおうというのが、この講座のポイントです。


傍観者気分でいた学生が、いきなり舞台の中央に上げられるような場が設定されたのです。ここでは、学生の状況(研究テーマへの高いコミットメントなど)も、指導者の立場(学生がいずれ歩みたい世界ですでに輝いている。権威とともに高い尊敬・信頼を与えられる)も、条件的にまさに「社会人基礎力」が高められる状況が設定されています。


実際には、研究の企画、企画書作り、マネジメントする際に重要な観点など、企業で使われている手法や考え方をまず学習し、その上で、学部4年生から大学院までの各研究室から選ばれた学生が、実際に自らの研究を素材に、研究の社会的意義を踏まえて企画書を作り、企業のトップ研究者である講師の前でプレゼンテーションし、コメント・評価を受けました。とはいえ、テーマによっては基礎研究もありますので、全てが事業化を前提としているわけではなく、社会的意義や社会貢献を考えるというスタンスです。企業講師には、学生だからといって甘くしないよう前もって依頼しておいたことは言うまでもありません。ここでは、いかに聴き手に意味のあるものとして、説得的に伝えられるかがポイントになります。


研究室内のその他の学生にとっては、その指導場面に立ち会い、見て質問して学ぶという形でしたが、それは彼らにとっても、研究の意味、表現の仕方などを実践的に学ぶ講座となりました。


ある研究室では、学生は各回、自らの研究を、例えば専門家に向けて話す場合、例えば投資家に向けて話す場合と、視点を変えてプレゼンテーションすることを課せられました。企業講師は、励ましつつも欠点をずばりと厳しく指摘していきます。それに対して学生は言い返すこともできません。自分のやり方ではうまく伝わらないことに気付かされ、一方、研究自体をも問い直させられました。そんな経験が何度も繰り返されました。学生は寝る間もないほど準備してプレゼンに臨んでいます。それでも十分にできず、企業講師の厳しいコメントに思わず涙ぐむ学生もいました。

 

学生の気付きから読み取れる教育効果

実験の様子
実験の様子

この準備からプレゼンまでの一連の作業で、まさに「主体性」などが問われましたが、実は「考え抜く力」、特に「課題発見力」も鍛えられる過程そのものでもありました。結果、この講座は、学生に大きな気付きを得させるとても有益な指導となったようです。

 

「これまではモデルを使ってデータを出すことばかり考えていたが、まず研究の、社会での意義を考えることが大事だとわかった」
「自らの研究と具体的なニーズとのつながりがわかった。夢を見つけた。研究のモチベーションも上がった」
「提案していくことの重要性がわかった」
「研究者、社会人としてどのような力が必要かがわかった」
「人に伝えるには、聴き手の背景を把握し、知ることが大事だとわかった」
「研究の背景を考え提案する際、NABC理論(※)は使える。就職後、上司に提案する際に使いたい」

 

それは、発表した学生のみならず、聴き手であった他の学生、特に研究室に配属されてすぐの学部生にも教育的効果が大きかったようです。

 

大阪大学の社会人基礎力講座の試みは近畿地域に波及の様相

栃木県のハイテクベンチャーの創業者であり、共同研究者としてこの講座に関わったスペクトルデザイン社の深澤亮一社長も次のように語ります。「私が関わった研究室は特別で、研究成果を事業化するビジネスモデルを、グループで考え提案してもらいました。たった4回で何ができるのかと初めは思っていましたが、たった4回にもかかわらず大変大きな成長があって驚いています。今後もぜひ、この取り組みは続けてほしいと思います」。


工学研究科附属高度人材育成センターの瀬恒謙太郎教授も「出会いというのが大きいと思います。私も企業時代に先輩に言われた一言で大きく変わりました。江戸時代末期、松下村塾からたくさんの人材が出ましたが、実はその開塾期間はわずか3年だったのです。しかし吉田松陰との出会いが大きかったのだと思います。したがってたった4回であっても、人は十分変えられるのです。『社会人基礎力』の育成は、まさに人間教育と言えるのではないでしょうか」。


この大阪大学の講座は、少しずつ注目されつつあります。企業からは「充実した教育を大学で行うために協力し、育てた学生を採用に結び付けていくのは十分考えられるスキームである」との指摘もいただいているそうです。現にこの講座を受講後、パナソニックなどに就職している学生もいるそうです。文部科学省の進める大学の研究・教育支援事業や、経済産業省では近畿地域を管轄する近畿経済産業局とさらに連携して、地域経済活性としてもイノベーション人材育成としても、この「社会人基礎力」講座の枠組みを実施し、展開しようとしています。大阪大学は、「地域に生き世界に伸びる」がモットーだと言いますが、まさに研究成果は世界レベルですが、その教育法の新しい試みは地元に貢献し、地元からの熱い視線を浴びているのです。

 

緊張感を吹き込むだけのこのモデルは、文系学部でも簡単に採用可能

ところでこのモデルは、どんな分野でもどんな大学でも、実施が可能です。講座実施の仕組み自体は決して難しいものではないからです。


指導教官には共同研究者が、また研究室出身のOBがいるはずです。そうであれば、これと同じようなプログラムの実施は難しくないと思われます。場合によっては文系でも、十分可能な方法です。


産業界支援による教育と言っても、企業の人に新たな課題を出してもらったり、プロジェクトのファシリテートをしてもらったりなど、手間をかけさせているわけではありません。既に学生が研究しているテーマを学生がプレゼンし、産業界の視点で評価しコメントしてもらう。極論するなら、大学の研究場面に産業界の人、つまり社会という視点が入るというだけです。それだけでも、大学教育に大きな活力が生み出されるのです。


大学には既に基本的な教育システムがきちんと整っているはずです。それなのに、それが必ずしもよく見えなかったり、うまく機能していないように見えたりするのは、実は産業界が持っているような緊張感が少し薄いからかもしれない。そんな示唆も感じられた指導講座でした。

 

 

※NABC理論
N:Needs、市場(分野、ビジネスモデル)やセグメント(顧客、規模、成長性)。A:Approach、プロダクトの定義、他にない優位性、開発計画、プロダクトの位置づけ、投資、組織(メンバー)。B:Benefits、顧客の利益と投資家の利益。C:Competition、現在と将来の競合技術、競合の参入障壁、リスク低減。以上4つの視点から、自分の研究を繰り返し精査し、研究テーマの価値を最大化していくことを目指す考え方

 

 

授業の現場では -社会人基礎力講座ライブ

11研究室で各4回、プレゼンテーションを通して鍛える社会人基礎力

尾崎雅則研究室の最終回(担当講師/パナソニック電工株式会社 菰田卓哉氏)

相手の設定を変えるなど工夫されたプレゼンに全員で参加

大阪大学の企業研究者による特別指導(「社会人基礎力プログラム‐Internship on Campus」)は研究室ごとに各4回、1回2時間。参加している11の研究室ごと、指導依頼している外部の企業研究者と時間・内容を調整して実施されています。7~8月に第1回、9~10月に第2回、10~11月に第3回、12月に第4回と講座が行なわれ、翌年1月に11の研究室が、一堂に会した最終報告会が実施されました。


各回の内容は、研究室ごと少しずつ異なります。企業研究者がしたいと考えたものを行う形をとっているからです。ただ全体を統括している北岡先生から、基本的な考え方と原則的な内容、「主体性」を育てることが大事であることは伝えられています。


多くの研究室では、大学院前期課程の学生を中心とするある程度研究の進んでいる学生数人を選び、自らの研究をプレゼンテーションさせました。プレゼンは、例えば伝える相手を、専門家、素人など分けて想定し、説明させるなど、工夫されています。そしてそれに対して質疑応答があったり、外部企業人講師からコメントが加えられたりします。学生はこれにより、自分の研究が伝える相手にとって持つ意味や価値、立場の違う相手をどうやって引き付けるか、あるいは自分はなぜこの研究をするのかなどに、自ら気付き、学んでいきます。それらを通して「主体性」を中心にした「前に踏み出す力」、その他「考え抜く力」なども試され育成されていきます。


参加者は学部4年生以上の全ての学生、教員、助手、研究員で、選ばれた学生の発表とその後の指導に、聴衆・質問者として参加することで、全員が気付きと学びを得ていくことになります。

 

菰田氏は、プレゼンテーション時間を分単位で設定

その研究を行う意義を捉えていくための観点がおさえられた「テーマアセスメントシート」(大阪大学が独自作成) 図版提供 大阪大学大学院工学研究科
その研究を行う意義を捉えていくための観点がおさえられた「テーマアセスメントシート」(大阪大学が独自作成) 図版提供 大阪大学大学院工学研究科

薄型テレビで知られる液晶や有機ELなどの研究で先導的立場にある尾崎雅則先生の研究室で、平成21年12月15日に行われた4回め、すなわち最後の講座を訪ねました。指導者は、尾崎先生と研究面で交流が深かったパナソニック電工株式会社で技監を務め、東京農工大学で非常勤講師も務める菰田卓哉氏。菰田氏の参加は3年めです。


菰田氏の授業は、毎年、少しずつその内容を変えてきていますが、平成21年度は「研究企画書を作成し、自分の研究を他者に認めてもらう」こと。対象となったのは修士2年の3人。1回めにそれぞれが研究概要をプレゼンし、2回めはニーズ、アプローチ、利益など自らの研究を分析して、同じ学生がプレゼン(NABC理論)。3回めが研究計画書(文字のみ)を作成した上で10分間のプレゼン、4回めはこれを推敲し、図も入れたものを12分間で最終プレゼン、という流れでした。聴衆としての参加者は約30人。


プレゼンの場面では、概ね学生が15分くらい発表をし、聴衆である教員・学生との質疑応答を経て、講師である菰田氏がコメントを行い、続いて教員がコメントを加える形で進められました。今回の菰田氏の特別講座でのポイントは、発表時間がさまざまに設定されたプレゼンであったということです。基本は15分でしたが、その場で10分、12分と指示される場合もありました。エレベーター・ピッチといって、提案を1分間にまとめることも提起されました。これは会社のエレベーターで社長に出くわしたときに、自分の研究内容をアピールすることを想定したものです。

 

誌上再現=世界レベルを見据えた厳しいコメントで鍛える

研究企画書 図版提供 大阪大学大学院工学研究科
研究企画書 図版提供 大阪大学大学院工学研究科

では、最終回の菰田氏の指導の様子を、学生一人のプレゼン場面だけ抜粋して、お届けします。

 

菰田氏
「この4回は、研究企画書をちゃんと書きましょう、それに基づいてこんな面白い研究に対してサポートをお願いします、平たく言えば、自分で研究費を取りにいくというシチュエーションでやりましょう、ということでした。その総仕上げという意味合いで、今日はやってもらいます。


ここにせっかく学生の皆さん方に来ていただいていますので、黙って聞いてもらうのも面白くないので、審査員になってもらいます。良いと思ったら手を上げてください。あかんなと思う人は黙っていて結構です。」


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M君は、発光性有機薄膜に関する研究を行なってきました。1回めのプレゼンでは、専門用語の羅列に終始してしまいました。早速、菰田さんから、「唯我独尊」(※)という指摘を受け、M君の悪戦苦闘が始まりました(※ここでは「自分こそが正しい」の意)。


M君は、第2回、第3回と少しずつ改善を加えましたが、菰田さんは相変わらず厳しいコメントで指導、そして最終回を迎えたのです。このときM君は16枚のスライドを準備しました。プレゼンが始まると、平易な説明が続き、聴衆は話に引き込まれました。ところがスライド7枚めくらいから内容が難しくなり、聴衆が離れてしまいました。プレゼンは予定時間をオーバーし、15分経ったところで菰田さんが差し止めました。


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菰田氏

「時間に限界があるので、そのぐらいで止めておきましょう。まず皆さん方に審査してもらいます。このM君の研究に興味がある、投資したいと思われる方は手を挙げてください。・・・9人ですね(全体は約30人)。・・・というのが現実なんですよ。最後の回はふつう、コメントを優しくするのだけど、心を鬼にして、厳しくコメントさせてもらいます。


4回めやからね、ずっと唯我独尊やで、と言ってきたんやけど、唯我独尊性はまだ直ってないね。アイコンタクトの回数もものすごく少ない。ほとんどOHPに没頭している。自分のOHPのスライドの中に埋没しているから、発表のスピードにだんだん加速がかかってしまう。他の人の思考がついてきているかどうかということに対して、サポートする姿勢がなくなっていく。


研究企画書を見ても、いったい本当に、何をやりたいのかが明確に書かれていない。つまり、基本構想のところでメカニズムを明らかにするということになっているが、メカニズムを明らかにすることで何が期待できるのかが必要。なのに、そうなっていない。しかもスライドを単に拡大してA4に盛り込んだだけ。これをわれわれは『八百屋の店先』と言います。どれを選ぼうかと選んでいるうちに、目がチラチラしてきて何も買わずに帰る、というのが八百屋の店先。


自分がやっていることを、夢があるな、面白いなと伝えるには、どこにポイントを持っていけばいいか。いっぱい言ったらだめなんよ。どこか一つに絞る。あなたのは、『私はこれだけやりました、こんなにやったんだから金くれよ』。そういう言い方になっている。それだと人は投資しない。」


「皆さんはプレゼンテーションを3回も4回もやらされて、なんでプレゼンばかりと思われるかもしれません。けれど実は、世界の中のトップ企業が何と言っているかというと、プレゼンテーションが全てだと言っているわけです。


自分はあれだけやった、これだけやったと言っても、『そうか』で終わりです。これから日本を引っ張って世界の中で生きていくわけだから、まずは論理的に、自分の研究の面白さを自分の言葉で、これだったらやっていける、おまえ、何もわかってへんなと言えるようになってもらいたい。そういう思いを持ってもらいたい。皆さんのやっていることのレベルは高いのだから、その高いレベルを高いように納得しもらえないと損なのでね。これが『社会人基礎力』の一番のポイントだと理解していただければと思います」。

 

 

尾崎雅則先生 大学研究室・指導教官の立場から

企業人特別講座を行う意義

尾崎雅則教授は、液晶や有機ELなど分子エレクトロニクス分野で日本のみならず世界をリードする研究者。研究室からは、電気・化学・材料関連業界などを牽引する企業に多くの学生を輩出、研究・人材育成の両面で日本を支えています。

 

大学教員は、聞いてあげて教えてあげるというスタンス

われわれは学生の研究に対して、週1回のミーティングを開きます。学生が全員揃って、交代で1日2人くらい発表して、われわれ教員が質問するのです。その場合、われわれにはたいがい中身がわかっています。何をどうも持っていくべきかも。それで彼らに、さあ話してごらんと聞くわけです。彼らはそれに対して話をしますが、われわれは、その考え方は科学的ではないよとか、正確ではないよとか、そういうことを指導する。それは、聞いてあげるから話してごらんというスタンスです。

 

いくら正しくても聞いてもらえなければ始まらない、という現実を知る

尾崎研究室
尾崎研究室

ところがこの特別講座では、説得のプレゼンテーションをする。自分をいかに売り込むか。そこが今まで大学になかった感覚ですし、こうした指導は、教員であるわれわれにはできないなと痛感しました。今までの大学教育に欠けていた部分が加わったと実感しています。


学生は、正しければ良いと評価されます。試験などがそうです。彼らは小学校からずっと、正しい解答を書いてそれで評価を受けてきた。だから学生にしてみたら、目から鱗なのです。自分は正しく研究して、間違ってないことを長くやってきた。だから良いはずだ。ところがそれをぼそぼそとしゃべってしまったら、一言「全然おもしろくないね」と言われる。「この研究に投資する人はいますか」と聞かれた聴衆は誰も手を挙げない。その現実に直面して、彼らは「自分はもっとちゃんと伝えないといけないのだ」とわかったと思います。この講座が始まってから、普段のミーティングのときでも、学生が何か伝えようと、一歩踏み出す力が付いてきたと思います。それは格段に違います。

 

企業人ゆえの厳しい指摘で、自分の個性・欠点を知る

もう一つは、それぞれの学生の個性についてです。今回もある学生は、菰田先生から唯我独尊だと言われる。自分にはしゃべりたいことがいっぱいあって、どんどん自分の世界をしゃべっていく。何回言われてもそうしてしまう。その点を何度も指摘されていましたが、今は直すのが難しくても、きっと会社に入ったときには、自分にはそういう欠点があると認識して振る舞えると思うんです。そういう面でも、大変よかったと思います。

 

大阪大学・北岡康夫教授から、最終報告会における学生へのメッセージ

なぜ社会人基礎力か-価値付けの例 

日本の研究を牽引する大阪大学が「社会人基礎力」を育成しようとした背景には、研究はまさに社会を幸福にするためにある、という考え方がありました。プロジェクトリーダーの北岡康夫先生は、全研究室のほぼ毎回の特別講座に立ち会い、ファシリテーション役を担いました。そして、研究をしていることがなぜ「社会人基礎力」とつながるのかを、言葉も体も使って学生に伝えてきました。このことは、「社会人基礎力」を高めることの価値付けをするということでもあったと思われます。


その集大成が、平成22年1月29日に行われた全体報告会の最後に語られた、学生へ向けた先生の言葉です。

 

貢献することが研究の使命。そのためには、主体性・働きかけ力・実行力!

社会人基礎力の3つの力、12の能力要素の関わり合い (平成22年1月29日 大阪大学最終報告会にて北岡康夫先生が説明) 図版提供 大阪大学大学院工学研究科
社会人基礎力の3つの力、12の能力要素の関わり合い (平成22年1月29日 大阪大学最終報告会にて北岡康夫先生が説明) 図版提供 大阪大学大学院工学研究科

最後に私から、なぜ「社会人基礎力」が皆さんに必要なのかをお話ししたいと思います。


皆さんは研究をしてきたし、今後もしていくわけですが、研究者にとって何が大事かと言うと、研究によって人のために何ができるか、何が与えられるか、ということではないかと思います。例えば基礎研究は、ノーベル賞に代表されるように、子どもや若い研究者たちに夢や希望を与えています。新技術や新製品ならば、人に時間や楽しさを与えます。新薬や新材料を作ることは、健康や安全を与えることになります。研究は必ず何かを与えているのです。


そしてそのとき重要になるのが、それを自分のこととして考えられるかどうかです。この「自分のこととして考えられる力」というのが、まさに「社会人基礎力」の「主体性」なわけです。


皆さんは、ニーズを考えるように講師の方々に言われていたと思うのですが、それは、シーズである自分の研究が、どうしたら人のためになるのか考えろ、言い換えれば、人のためになることを自分の研究=自分のこととして考えろ、つまり「主体性」を持て、ということだと思います。こうして自分が人に何を与えられるかを見つける、つまり自分が何をしたらよいのかを見つける、ということを目指してほしいと思います。


何をするかが見つかったら、プロジェクトを提案する。つまり「働きかけ力」。さらに、最後までやり抜かなあかんな、つまり「実行力」が必要という話になっていきます。だから、人に何かを与えられるようになるには、「社会人基礎力」が必要になるのです。


「考え抜く力」と「チームで働く力」は、その補完となる力や技術で、それらは、皆さんが会社に入ってからでも間に合います。しかし、自分のこととして物事を考えていく「主体性」というのは、それからでは間に合わないと思うのです。

 

感動を忘れずに、在学中に自分のしたいことを見つけてほしい

先日たまたま松下幸之助の話を読み直したら、幸之助さんは15歳のときに市電を見て、これからは電気の時代だと思ったと書いてありました。まあ僕らでもそれくらいは思ったかもしれないですね。でもこの人がすごいのは、23歳で会社を作ってしまったことです。22歳までの7年間は昔の関西電力に勤めていて、その間、会社にいろいろな提案をし続けたのだけれど全く受け入れてもらえず、こんな会社におったらあかんわと、自分で会社を作った。そのとき、電気製品を何のために作ったのかというと、主婦を労働時間から解放するというのが大きな理念だった。誰かのために何かをやろうとしたことが大きな事業になったんです。


私の場合は、たまたま大学4年生の時にグリーンのレーザーを見た。そのグリーンの光に圧倒されたんです。それでその後、3原色の赤、青、緑の全部がこんな小さなところから出たら世の中ですごいことが起こると思い、非線形光学材料、光波長変換技術や窒化物半導体を研究することになっていったわけです。22歳で思ったことを今なお43歳で、その実現のためにやっているんです。最初のグリーンレーザーを見たときの感動は今もある。たぶん皆さんも大学時代、先ほどの幸之助さんが市電を見て感じたように、何かに感動されたと思う。その感動は一生忘れないでほしいと思います。


 「私は・・・の技術で・・・したい」
皆さんには、自分のしたいことを、なんとか卒業までに見つけてほしいと思います。

 

運営:リベルタス・コンサルティング

 (協力:河合塾)

 

 

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