活動での体感を社会人基礎力として定着させる
~看護学教育における臨地実習のケース~
看護師の早期離職の原因には、社会人基礎力の不足も
看護師教育のカリキュラムでは、医療機関、保健センター、介護施設などで行う「臨地実習」が重要な位置を占めています。岐阜大学医学部看護学科では、1年次の初期体験実習を除く臨地実習に、発揮したまたは発揮しようとした「社会人基礎力」の「振り返り」を行う場を設定しました。
看護学科では、当然のことながら、将来看護専門職として医療を担う人材を育てるため、「社会人基礎力」に相当する能力の育成を行っています。しかし、その能力を明確に定義付けし、教員や臨地実習指導者、学生が意識して育成に取り組むことは、なされてきませんでした。
一方で、最近では看護師の離職率が増加しているという問題があります。その原因には、新人看護師の看護実践能力の不足もさることながら、同じ現場で働く人とのコミュニケーションがうまく取れなかったり、困難な状況にぶつかるとすぐ挫折してしまったりという、まさに「社会人基礎力」発揮の不足によるものが多いと言われています。岐阜大学では、実際の看護を経験する臨地実習で学生に「社会人基礎力」の重要性を学んでもらうために、従来から行っていた臨地実習評価表に加えて「社会人基礎力」の評価表を使用し、「社会人基礎力」発揮の振り返りを行うことにしました。
看護学科の「臨地実習評価表」は、看護課程の展開だけでなくさまざまなスキル項目も評価することになっていますが、基礎看護学実習や成人看護学実習、地域看護学実習など実習単位ごとに使用している用語が統一されていなかったため、継続して育成していくものであるという認識を持ちながら実習をすすめることが困難でした。「社会人基礎力」の要素は、まさにこの欠落を埋めるものです。
学生だけでなく受け入れ先のスタッフにとっても、看護職に必要な要素が明確になる
看護教育の中に「社会人基礎力」の能力要素の分類を対応させると、「前に踏み出す力」は、患者などのことを理解して科学的根拠に基づいた看護を実践できるような専門的知識・技術および態度の発揮にあたります。「チームで働く力」は、専門的知識の裏付けのもと自らの役割を認識・理解して、ケアに関わる人や地域と連携して看護活動ができるような能力です。そして、「考え抜く力」は、さまざまな情報を論理的に統合しながら個別性に配慮したケア内容を見出す力であるといえます。さらに、看護の現場では、命の尊厳を理解し、看護専門職として持つべき倫理観が必要であり、この能力は、「前に踏み出す力」「考え抜く力」にも影響します。そのため、「倫理」の分類を加えた13の能力要素からなる評価シートを作成しました(⇒詳細はこちら、シートはこちらをご覧ください)。そして、学生の実習先の施設に「社会人基礎力」の意味と評価シートの意図を説明し、「社会人基礎力」発揮の観点から実習指導にあたってもらうように依頼しました。
この評価シートの導入に際して、受け入れ先の臨地実習指導者からは「(社会人基礎力の項目のチェックが)やっと来たか、という感じだ」「実習を受け入れる私達自身にも必要な要素が詰め込まれている。学生を評価しながら、実は自分達が評価されているという錯覚に陥るくらい、この内容には感じ入るものがある」と、非常に好意的に受け入れられていました。きちんと定義付けられた「社会人基礎力」の能力要素を使うことで、学生はもちろんのこと、教員や実習受け入れ施設の指導者が、どのような能力を伸ばしていけばよいのか明確になり、また、学生の書いた評価シートなどを読むことで、学生を把握することができたため、指導がしやすくなったという声もありました。
また、実際にシートを使った学生からは「自分は一人で頑張るのがよいことだと思っていたが、人を巻き込んで一緒に考えることもよりよいケアにつながると思った」「『ストレスコントロール力』という点では、実習グループの仲間に話すだけでもストレスが軽くなったり、自分が気付かなかったことを教えてもらえたりして、仲間がすごく大事なことを実感した」など、現場で必要な力への気付きが得られたことがうかがわれます。
◆実習のスケジュール
岐阜大学医学部看護学科の臨地実習は、右図のように行われます。1年次の初期体験実習は、看護現場の見学を中心とした実習で、2年次の基礎看護学実習以降は、実際に入院患者を受け持ち、看護を行います。平成21年度は、2年次から4年次の臨地実習に「社会人基礎力」発揮の評価と振り返りを導入しました。
2年生は80名を14グループに分けて2週間の実習を行いました。3年生は80名を8グループに分け、16週間の中で6種類の看護学実習をローテーションで行います。今回は、前半の8週間について評価と振り返りを行いました。また、4年生は2~6名のグループに分かれて実習を行いました。実習中、学生は毎日「実習記録」を記入します。この実習記録は、
(1)患者の基礎情報を記入する用紙
(2)患者の情報を整理・分析して記入するアセスメント用紙
(3)患者への介入プログラムを記入する看護計画用紙
(4)計画の実施結果を記入する用紙から成り、相当の記入量があります。実習期間中は、学生と実習先の指導者、教員が参加したカンファレンス(※)を行います。
※カンファレンス:それぞれの学生が受け持つ患者の症状や看護上の問題点について情報交換を行い、今後の看護ケアの方向性を検討する
事前・中間・事後に加えて、1週間ごとの自己評価で成長を実感する
~社会人基礎力発揮の自己評価と指導者・教員からのコメント~
「社会人基礎力」の自己評価と指導者・教員のコメントは、下図のスケジュールのように行われました。
◆自己評価
学生は、(1)事前、(2)中間、(3)事後と、(4)1週間ごとに自己評価する「実習記録シート」の4種類の評価表を記入しました。
(1)事前評価
各年次の臨地実習直前に行うガイダンスでは、実習期間中の自己評価シートの記入方法の説明と「事前評価シート」(→こちら)の記入を行いました。
(2)中間評価・(4)「実習記録シート」
2週間で終わる実習は、1週目の終わりにその週の「実習記録シート」(→こちら)を記入し、実習の最終日となる2週目の終わりに「中間評価シート」(→こちら)を記入。4週間の実習の場合は、1~3週目の各週の終わりに「実習記録シート」を記入し、最終週の4週めに「中間評価シート」を記入するというように、一つの実習が終わる度に、「中間評価シート」の記入を行いました。
(3)事後評価
実習期間が終了した時点で学年ごとに集め、「事後評価シート」(→こちら)の記入と、教員によるグループ面接を行いました。グループ面接では、「社会人基礎力」が発揮できた(または発揮できなかった)かを検討し、実習中の場面を振り返り、今後自分が身に付けるべき力について話し合い、共有しました。
◆指導者からのコメント
臨床指導者と実習担当教員は、「事前評価シート」や「実習記録シート」を閲覧し、学生の体験や成長を掌握した上で、「中間評価シート」へ評価を記入しました。実習施設によって受け入れ体制や協力の度合いが違うことから、臨床側の評価の仕方は、
・1名の評価者が実習期間を通して一貫して評価する
・日々替わる指導者からの情報を集約して看護師長が代表して評価する
・日々の指導者が情報を共有する専用ノートを自ら作成する
など、さまざまでした。また、カンファレンスの最後に、「社会人基礎力」について学生が口頭で振り返りを行った施設もありました。
岐阜大学医学部看護学科では、レベル評価基準とシート類については、平成19年度のリファレンスブック(※)に掲載されているものを、ほぼそのまま踏襲した形で使用しています。ただし、能力要素は「倫理」を加えた13として、能力要素の定義も臨地実習に合うように変更し(→こちらを参照)、臨地実習で実行できるであろう発揮事例の一覧(→こちらを参照)も用意しました。
※リファレンスブック:平成19年度に経済産業省から発行された社会人基礎力育成・評価のためのリファレンスブック『今日から始める社会人基礎力の育成と評価』
例えば、「働きかけ力」は、単に「他人に働きかけ巻き込む力」と示すだけでなく「看護を必要とする対象に、協働して健康問題に取り組むよう声をかけることができ、自らの実践に加えて、指導者・教員・グループメンバーなど周囲を巻き込んで実習(学習)を進めることができる力」と具体的に示し、働きかける対象(患者、入所者、地域住民や臨床指導者、教員など)と内容(健康問題に取り組む、学習を進める)を明確にしました。これにより、学生はそれぞれの能力要素についてイメージしやすくなったと思います。そして、実習担当教員や臨床の指導者にもアドバイスをする視点を明確化しやすくなったはずです。
これらのように各能力要素に対する詳細な定義や具体的行動事実の例を提示することは、看護職を目指す学生だけでなく臨床の指導者や実習を担当する教員にも「社会人基礎力」の育成で目指すものが明確化できるため、非常に重要であると思います。なお評価基準はレベル1~3(下表)としました。
評価基準
レベル1 |
発揮できない(どうしてもできない) |
レベル2 |
通常の状況では発揮できる(何とかできる) |
レベル3 |
通常の状況で効果的に発揮できる(見事にできる)、または、困難な状況でも発揮できる(とても難しくても、何とかできる) |
記入者の負担の軽減が課題
このように、学生の自己評価と他者評価を通して、「社会人基礎力」を発揮していくことが非常に重要であることを、学生のみならず実習施設にも印象付けることができました。しかし、学生の自己評価を受けて、できるだけ早い評価シートへの記入とフィードバックを求められた臨床の指導者や実習担当教員の負担が大きかった点に問題が残ります。岐阜大学では、今後はそれぞれのシートの内容を吟味して、「社会人基礎力」の内容を既存の実習用のシートに組み込んでいくなどの工夫をして、負担を軽減してより多くの場面で継続的に使えるよう、改善を図ることにしています。
(以下、図版提供 岐阜大学医学部看護学科)
3つ力 |
能力要素 |
能力要素の意味 |
前に踏み出す力 |
主体性 |
物事に進んで取り組む力 |
働きかけ力 |
他人に働きかけ巻き込む力 |
|
実行力 |
目的を設定し確実に実行する力 |
|
考え抜く力 |
課題発見力 |
現状を分析し目的や課題を明らかにし準備する力 |
計画力 |
課題の解決に向けたプロセスを明らかにし準備する力 |
|
創造力 |
新しい価値を生み出す力 |
|
チームで働く力 |
発信力 |
自分の意見をわかりやすく伝える力 |
傾聴力 |
相手の意見を丁寧に聴く力 |
|
柔軟性 |
意見の違いや立場の違いを理解する力 |
|
情況把握力 |
自分と周囲の人々や物事との関係性を理解する力 |
|
規律性 |
社会のルールや人との約束を守る力 |
|
ストレス |
ストレスの発生源に対応する力 |
|
倫理 |
倫理性 |
絶えず相手の立場にたって,対象に不利益や苦痛が生じないように,意思決定や権利を尊守し,自己批判を繰り返しながら行動することができる力 |
図版提供 岐阜大学医学部看護学科
図版提供 岐阜大学医学部看護学科