育成事例

1.大学での「社会人基礎力」育成

学問・知識が社会人基礎力で深まる〜英語講読~

教室は発想をシェアする舞台。学生は学びの喜びのために準備を惜しまず、教員は仕掛けを工夫し、知の空間に変える

東京女子大学現代教養学部

授業の様子/グループディスカッション
授業の様子/グループディスカッション

通常の英語講読の授業の中で、「社会人基礎力」を育成している教師がいます。東京女子大学現代教養学部人文学科英語文学文化専攻の今村楯夫教授です。


今村先生は、アメリカ文学、特にヘミングウェイの研究者であり、同時に、学生一人ひとりの個性や能力を引き出し伸ばすことを信条としてきた教育者でもあります。先生は従来の英語講読の授業のスタイルを変革し、新しいスタイルを築きました。その特徴は、課題(予習)やレポートを頻繁に課し、グループワーク、グループディスカッションを中心とする、共に学び合う授業スタイルです。先生は、「社会人基礎力」の概念を知ったとき、自分が今まで実践してきた教育はそのまま「社会人基礎力」の育成だ、という確信を持ったと言います。


先生は東京女子大学で複数の授業を担当していますが、その中の、2年生後期必修の英語講読「ReadingⅡ」の授業を例に、先生の授業の進め方とその考え方を紹介します。

 

英語の授業スタイルを変革〜全員の発想をシェアする〜

英語講読の授業というのは、テキストを決め、それを順番に当てて訳していくというのが一般的なやり方です。当てられた学生は教師と一対一で向かい合うことになりますが、当たっていない学生は参加している感覚を持ちません。それなら全員が同時進行で当たって授業に参加している状況を作ればいいと、授業スタイルの変革を行いました。

 

全員が授業に参加する

・・・・・・・・・・・・IMAMURA Tateo

 

私はアメリカの大学で学び、また、アメリカの教師に何人か友人がいますが、そこで見たのは日本と違うやり方でした。基本的に、学生一人ひとりに課す課題は非常に多く、その課題を学生が喜んで積極的にやってくるように仕向ける。学生の主体的な取り組みによって、個性的な発想やものの理解が教室で十分に発揮され、互いにそれをシェアできるような状況が作り出されている。学生同士が全員で向き合っている中に、教師が一人紛れ込んでいるような状況です。そういう教育が従来、日本にない方法でしたので、それを取り入れてみようと考えたわけです。

アメリカの大学では、講義の途中でも、学生が手を挙げて質問します。講義を中断してでも自分の意見をぶつけ、教師はそれに応えます。教師と学生のキャッチボールです。日本にはあまり見られないそういうクリエイティブな姿に今村先生は驚きました。同時に、講義中に教師と学生のキャッチボールが可能だということを教わったのでした。しかし、アメリカ人は手を挙げて積極的に発言しますが、日本の学生はそういうことはほとんどしません。そこで、講義をした後で、学生にディスカッションの時間を与えればよいと考えました。

 

切磋琢磨し共に学ぶ空間を先生が用意する

・・・・・・・・・・・・IMAMURA Tateo

 

大学という枠組みの中で、いわば共同生活を行っているわけですから、その中で学生がお互いに切磋琢磨して学んでいく姿勢は重要だと思っています。

 

われわれの時代は、授業の後当然のように喫茶店へ行って、仲間と学問の話を続ける雰囲気がありました。今の大学生は、授業が終わるとアルバイトやサークルがあり、ばらばらに帰っていく。でも、授業のやり方次第で、教室の中でも外でも、同じ学問を学んだ者達が語り合って互いに高め合っていくことはできると思います。

 

例えば、仲間で課題に取り組むという形をとれば、仲間と切磋琢磨し合うことが、自分一人で学ぶよりも、学問レベルでとても楽しみになってくると思います。多様化した社会の中で大学生活が拡散してしまう現代、そうした場を教師の側で作ることも重要だと思います。

■学生の声

◆今村先生の授業で印象的だったのは、先生が話をする時間の短さ、私達が課題をやる時間の長さで、とてもびっくりしました。それまでは、先生が一方的に話し学生は座って聞いてノートを取る、というのが英語の授業だと思っていたのですが、今村先生の場合は、クラスが5つのグループに分かれて、先生対学生というより、学生対学生で授業が進み、最後に皆の意見を先生がサポートしてくださるという形でした。こんなスタイルの授業は初めてだったので、面白かったし、すごく印象に残っています。

 


予習の義務化 〜わからないところを明確化する〜

授業の様子/ペアディスカッション
授業の様子/ペアディスカッション

授業の基本的な流れとしては、まず、予習を大前提とします。授業では予習してきたものを持ち寄り、学生同士一対一のペアディスカッションをさせます。予習の課題が翻訳であれば、翻訳してきたものを互いに読み合い、わからないところを教え合います。その後、同じ課題でグループディスカッション、そして、クラス全体での発表とディスカッションへと進みます。それらの授業の後には、グループあるいは個人によるレポート・論文を課します。これを3〜4コマかけて行い、半期15コマの授業の中で、3、4回この流れを繰り返します。


今村先生は、英語講読のテキストは大学共通テキストではなく、教師が本当に面白いと思うものでなければいけないというのが持論です。ヘミングウェイを専門とする先生は、1〜2ページのヘミングウェイの短編小説を使います。


予習は、プロの翻訳家になったつもりでそれを全訳すること。同時に、小説の内容を深く読み込むための50ほどの「謎解き」もします。「登場人物はどんな人物ですか」「服装から何が読みとれますか」「時間はどのくらい経った物語でしょうか」「雨はどんな役割をしているでしょうか」など、情景描写、人物造形、物語全体の意味、作品の本質に関する質問です。これらの翻訳や「謎解き」に対する解は、各自必ずタイプして持ってこさせます。これが、ペアディスカッションやグループディスカッションの素材となります。


学生達は、予習に、自分の知識、「課題発見力」「創造力」を総動員して取り組みます。しかし先生は、わからなくてもよい、授業を受ける前に自分の理解度を測り、何がわからないかを明確にすることが大事だと言います。それによって、授業を受ける面白さが出るというのです。

 

わからないところが重要 

・・・・・・・・・・・・IMAMURA Tateo

 

私がいつも学生に言っていることは、宿題の答えを全部用意する必要はないということ。授業に臨む前に、わからないところがどこかを知ることに意味がある。わからないことは授業中90分の中で必ず明らかになるので、それを聞くために授業に来てください、と。わからないところを授業で教わる喜びがあるので、学生は授業に出ることをとても楽しみにします。

 

教師が一方的に答えはこうですよと言うより、学生同士で話し合う。同じ言葉でも同じ学年の学生が言えば、同じ学生なのにどうしてこの人はわかったのか、この人はこんなに深く考えているのかと感じます。そうなると、教師の言葉より、同級生の言う言葉の方が圧倒的な教育力を持つことになります。

■学生の声

◆予習をしてわからない点を明確にして授業に臨むと、その不明点が確実にわかるようになるし、自分が気付かなかったことに友達の意見で気付けるというのが、すごくうれしく楽しかったので、必ず予習をするようになりました。

 


ペア&グループ・ディスカッション〜学生全員から能力を引き出す〜

授業では、学生達が予習して持ち寄った翻訳や「謎解き」の謎を素材にしてディスカッションをします。その議論の中で、各自の解釈は深まります。一人ではわからなかった空白が、ディスカッションで埋められていきます。


このディスカッションの中の意見交換で、説明する力、説得する力が付きます。「柔軟性」も求められます。他人の発想は少なからず影響し、自分の解釈や翻訳に再考や変容を求めます。そのとき、「課題発見力」や「創造力」といった「考え抜く力」が高められます。ディスカッションは、さまざまな力を付ける格好の場となると今村先生は考えています。


なお、グループは、少なくとも前半の数カ月間は知らない者同士5、6人で組ませ、固定します。ペアは、そのグループから2人ずつ組ませて作ります。


今村先生のポイントは、グループディスカッションの前に、必ずこのペアディスカッションをさせることです。グループディスカッションはいきなり行ってもうまくいかないことが多いようです。一対一のペアでの対話なら、シャイな学生でも、グループ討論より気楽に自分の意見を述べられます。自分の考えを自分の言葉で相手に伝えようという努力がなされます。他方、一方的に話すタイプの学生は、必ず聞かなければならないので「傾聴力」が付いてきます。一対一では、欠席や手抜きの予習が相手に迷惑をかけるので、予習が真剣になるという利点もあります。このペアディスカッションの後、グループ活動に移ります。

 

相手のよさを見つける  

・・・・・・・・・・・・IMAMURA Tateo

 

ペアやグループは、強制的に知らない者同士が向き合って、自分の予習を見せ合い、話し合うという過程で、かなり強力に人間関係を作り込んでいく作業でもあります。知らない者同士なので、それぞれの持つ才能や個性も、そこで新たに発見することになります。

 

そういう状況下では、相手の優れているところを互いに見ようとする意識が働くようです。書かれてきた回答には、必ず一人ひとり1、2箇所光るところがある。それを相互に認知し合うところに意義がある。互いに認め合って高め合っていくところに、ペアディスカッション、グループディスカッションの意味があります。

■学生の声

◆自分が考えつかなかったこと、答えられなかった点を、ペアやグループの友達がわかっていたりすることがあります。また、例えば「ここが気になったんですけど」という質問がクラス内から出ると、そんなところまで眼を付けているのか、そんなふうに考えられるんだなどと驚いたりもします。それで私も、次には、誰にも見つけられない疑問点や答えを見つけようと思うようになれたのが、ペアやグループディスカッションのよかった点だと思います。

 

◆私はもともと積極的なタイプではないので、自分の代わりに誰かがやってくれて物事が進むから、グループワークって好きだなと思ってはいたのですが、今村先生のグループワークでは、自分が頑張って皆も頑張る、皆で一緒に意見を交換し合うから、さらによくできるのがグループワークなのだ、ということが実感できました。

 

◆今村先生の授業は、予習しなければ、ペアでもグループでもクラスでも話に入れなくて疎外感を味わうし、90分間が面白くない。そして、自分がやらないことを恥ずかしいと思うような授業方法だったと思います。予習をしていけば、大変な思いをした分だけ、授業で全てに応えが返ってくるのを実感しました。

 

◆グループワークだと必ず一人ひとりに責任が伴うので、予習も、自分がやっていかなければ、という思いがすごくありました。少人数だからこそ、課題にも授業にも積極的に取り組もうと思うようになりました。

 


リーダーシップを育成する〜人前で話ができるということ〜

グループディスカッションを活用すれば、リーダーシップを育成できます。今村先生の授業では、一人をリーダーに、もう一人を書記係にします。そして、輪番制にして、全員が必ずリーダー、書記になるようにします。半期15コマの授業の中で2回は回ってきます。


リーダーはディスカッションの進行役。書記にはグループの発言を全部メモし、グループディスカッションが終わった後、それらをまとめて皆の前で発表する役目も課します。書記の発表は、最初はおどおどしたりしてへたです。しかし訓練していけば、どんなときでも人前で自分の考えを述べる能力は備わってくると今村先生は言います。


一方、聞いている側には、発表者に対する質問を課します。聞く側と発表者の間に質疑応答が生まれます。人前でディスカッションすることは非常に難しく高度なことです。しかし、これがとても重要で、学生の「傾聴力」を伸ばすと同時に、「課題発見力」「創造力」「主体性」も引き出すことになります。今村先生の授業では、「私はそうは思わない」「それに賛同するがこういう言い方もある」などと積極的に手を挙げて発言する状況が生まれて、授業全体が非常に活性化したそうです。

 

グループは小さな社会 

・・・・・・・・・・・・IMAMURA Tateo

 

教室内のグループワークというのは小さな社会です。そこでは必ずリーダーシップが必要になります。それは、社会に出たときに必要な力です。逆に、それに対して追従する方にも、ある種の能力が必要です。そこでは、皆の意見をいかに論理的に構築するか、限られた時間の中でどのような計画を立て時間配分をして行うか、などさまざまな能力が要求されます。そうした擬似社会的な構図の人間の営みみたいなものが、おのずと教室の中で備わっていくと思います。

 

リーダーシップは、いい会社で課長、部長になるという出世の世界の話でもなく、エリート教育の話でもない。一人の個人、人間として自分がどれだけ人の前に立って、何かをきちんと人に伝えることができるかということだと思ってください。

 

それは必ずしも社会でなくてもありえます。例えば、女子学生が大学を卒業して結婚し、子どもが生まれる、その家庭の中で子どもを教える、こういうときもリーダーシップは必要です。あらゆる場面で、自分で発案して自分の意見を述べていく、ということがあります。リーダーシップは一人ひとりが担わなくてはいけない、それを学ばなければいけません。そういうものが大学の普通の授業の中で形成されていくところに、重要な意味があると思います。

■学生の声

◆グループワークで話し合うことで、知識を得ること以外にも、自分からどう話しかければいいかとか、どう人と接すればいいかとか、同時にいろいろなことが学べたので、その意味でもよかったと思います。

 

◆普通の授業だと、手を挙げて発言することに勇気が要ります。私はグループワークをしたことで自分が発言することを恐れないようになりました。意見を持っていけば必ず発言の場があるので、自分から積極的に何かを考えて授業に出ようと思うようになりました。

 

◆私のところは、いつも私が進行役をやって、ちょっと気まずい雰囲気がありました。自分がやって進めばいいのではなく、他の人の意見をちゃんと引き出してあげなければいけないし、皆が意見を言い合える場を作らなければいけない。進行役なら、このことを最後まできちんとやらなければいけない、それが私の反省点です。

 


授業で教える知識の量を減らす〜アプローチ法を教えてフォロー〜

ペアまたはグループでのディスカッションに時間を割くと、教師が伝える知識の量が減ってしまうのではないかという危惧が生じます。


その一つの解は、教師が教える知識の量には限界があるという考えに立つことです。大学には図書館があり、また昨今はインターネットがあり、調べようと思えばいくらでも調べられます。また、学問領域によっては知識がすぐに古くなっていきます。そういう状況下では、知識を得る方法を教えることこそ重要で、学生のためにもなります。参考文献を挙げて図書館やインターネットで調べる方法を指導すれば、知識の補充は自分でできます。


しかし、授業の中でどうしても伝えなければならない大事なことについては、今村先生の場合、例えば、講義を10分して、70分くらいを学生の活動に費やし、最後の10分でまとめをする場合があります。たった10分の講義でも、本当に大事な自分の考え、知識を伝えることは可能です。

 

知識の獲得法を教え、大事なことは学生の中で再生産させて定着 

・・・・・・・・・・・・IMAMURA Tateo

 90分間全部講義をしても、うっかりするとそれは教師の自己満足になって、学生はザルに注がれた水のように聞いた話を忘れ去っていったりします。教師は最も重要だと思うものを厳選して与えて、学生がそこから自ら考えて産み出したものが、初めて定着するのだと思います。人から聞いただけのことはすぐに忘れてしまうけれど、ある種の関心や感動を持って聞き、自分の中を通過してもう一度自分で再生産したものは、しっかり自分の身に付きます。

 

教師は、絶対に教えなければならないことなのに学生のディスカッションの中では落ちてしまっていることを、エッセンスだけ取り出して10分15分くらいで教えます。それでも、学生は答えを出してきます。教えなければならないことを90分全てを使って講義して学生に何も作業させないより、講義を踏まえて作業させた後に15分で講義した方がよほど凝縮されたものになります。


ただし、教える知識量は限られてくるので、方向性や参考文献、検索の仕方など研究のアプローチの仕方を教えます。それもまた重要な知識です。自分の持っている知識を語るのではなく、自分が知識を得てきた方法論みたいなものを教える。それは普遍性を持つので、自分の学問領域に留まらず、さまざまな領域にも広がっていくと思います。

芽ばえる仲間への敬意〜自分を高めようとする意識を刺激〜

今村先生の授業の本質は、共に学び合うこと、共に高め合うことです。ペアワーク、グループワークは、共に学び高め合う仕掛けの一つですが、大事なのは、仲間のよいところを認め合い、優れた仲間から学ぶような雰囲気を醸成するところにあります。

 

例えば、予習してきた翻訳は、ペアで交換し互いの訳のよいところを比較し合います。相手の翻訳が優れていると思ったら、クラス全体のディスカッションのときにそれを推薦します。それが先生から見ても優れたものであれば、翻訳した本人に朗読させます。


一方、グループディスカッション、クラス全体でのプレゼンテーションの後に個人で書いた論文が提出されると、先生は、全員の論文に、どこが優れていてどこに欠陥があるかコメントを書き、10点法で成績も付けます。優れた論文を書いた人2、3人に読み上げさせることもあります。同時に印刷して全員に配り、どこが優れているかを解説します。

 

自ら高めようという意識は誰にもある 

・・・・・・・・・・・・IMAMURA Tateo

 優れた訳、優れたレポート、優れた論文を見て、他の学生は愕然とします。同じ授業に出ていてどうしてこんなにすごいのかと、その学生に対する羨望が出て、そこまで自分も伸びようと思うようになります。学生にはおのずと自ら高めようという意識があるのです。


トップの学生を皆の前に披露します。そうすると選ばれた人は自信が付くので、さらに優秀なものを出すようになります。他の学生はトップの学生に追いつこうとします。その無意識的な向上心や向学心を通じて、1年間の授業が終わる頃には全員が素晴らしいレポートを書くようになっています。教師対学生が一対一でやっていてはこのようには伸びません。優れたレポートを全員でシェアすることによって、クラス全体がレベルアップしていきます。お互いに高め合う一つの共同社会みたいなものができるのです。

■学生の声

◆優秀な解答を見て、こういうところに目を付けると先生は新しい考えと認めてくれるのだ、ということが見えてきました。自分はできないと落ち込むのではなく、できている人のものを見せてもらうことで、それが自分の知識にもなるし、次にどう考えればいいかが見えてきたのです。

 

◆今村先生は、優秀論文を皆に配りますが、その論文にもよいところと悪いところがあって、できる人にもまだ足りない点があると言います。その足りない部分を埋めるためにクラス討論をして意見をもらうわけで、できる人ももっと上に行けるようになっていたと思います。

 

◆優秀論文が配られますが、それが毎回同じ人ではなくて、この作品に対してはこの人の論文がよかったと、だいたいクラスの人が1回ずつぐらいは、プリントされて皆に配られたと思うのですね。優秀論文として自分のものが配られるとうれしかったです。

 


常に一人の学生が優秀なわけではありません。課題によっては得意不得意もあるので、最初にほめられた学生が10点満点中5点になることもあり、全然だめだった学生が10点満点を取ることもあります。今村先生はこれを「日替わりヒーロー」と呼び、誰にも必ずよいところがあるということを示していました。


また、今村先生の授業では、クラス全体に自由な発想を許容する雰囲気を作り出したことが、ディスカッションや質疑応答をより有効にしたと思われます。誤りも含めて学生の全てを受け入れ尊重しようとする教師の姿勢が、学生達の自由な発想を引き出し、「創造力」を高めるとともに、仲間を認め合う敬意や、学びへの意欲を生んだと言えます。

 

■学生の声

◆今村先生が絶対に否定をしないで、こういう考え方ってあるよね、こういう考え方をすると何が見えてくる?と聞いてくれたことが印象的でした。自分の考えを推し進めていいのだと確認できました。他の授業だと先生が解釈を言って、導き出される答えは一つしかないので、どうしてもそれを暗記する形になってしまうのですが、今村先生の場合は、私の考えを押し潰したりせず、まさに育んでいってくれるので、それがよかったなと思います。

 


評価で学生を伸ばす〜言葉での評価、コメントが有効〜

今村先生は、学生の書いたレポートや論文には、評価を付け、必ずコメントを付けて返します。評価は評価のためにあるのではなく、学生の学びのためにあると先生は言います。必ずよいところを見つけ、「あなたはここが面白い、ここを追究したらいい」というようなことを一人ひとりにコメントを付けて返すのです。「ここは説得力がない」など欠点も指摘します。次に何をすればよいかが学生に正確に伝わります。また、たった一回のレポートや試験で学生を評価しない、というのが先生の考えでもあります。

 

評価は、学生と向き合い、よいところを発見し、伸ばすこと 

・・・・・・・・・・・・IMAMURA Tateo

 

教師としては、学生が提出したものに誠実に応えていくことが大切です。レポートを課さず、一回の試験で評価する教師、最後に一度だけレポートを出させて成績を付け学生に返却しない教師は、教育者としてよくないと思っています。教育は結果ではなく過程であるので、一回一回の授業において教師は学生と真摯に向き合い、その能力を伸ばすことを考えなければ学生に対して失礼です。

 

評価は、学生のやってきたものに対して、その中に優れたものを見つけ出すことだと思います。一人ひとりが個性を持って作り上げてきたものなので、その中に個々の学生の個性のどこが優れているかを見つけてやることだと思います。よいと思うところはほめる。よいところが伸びるとだめなところが消えてきます。だからまずよいところを見つけるのです。

 

レポートは必ずしもよいものばかりではありません。しかし必ずどこかに光るところがある。光るところは◎。論理が飛躍していたら論理飛躍というコメントを出します。論文でも必ずよいところを見つけようと思って努力しています。それを言葉で表現する、それが学生の個性を伸ばす一つの方法だと思っています。

 

相対評価だけで判断するのは間違っていると思います。絶対評価を通して学生一人ひとりに対して、点数ではなく、言葉で評価することが重要だと思っています。社会は評価をS、A、B、Cと求めていますが、学生の成果に対して言葉で表現し、評価することが教育的評価だと思っています。

■学生の声

◆自分の論文に先生がたくさん線を引いて、ここは論理的でわかりやすいとか、ここは話がつながっていないとか、コメントも書き込んでくれました。それを見てよくわかったし、それでもわからないときは直接聞くと、もっとこうした方がいいと、詳しく教えてくれました。

 

◆先生からの返却が1週間後と早いので、内容が頭に残っていて、「ここはやっぱり言われちゃったか」という感じで、取りかかりやすかったです。それにすぐ違う宿題を出されるから次に生かせる。だからどんどんいい感じで進められたと思います。

 

◆点数は気になります。ただ、人に勝とうとかではなく、同じ課題でこれだけの点数を取っている人がいるのだから、自分ももっと何かを考えたらこの点数が取れるのではないか、ということで気にしていました。

 

◆点数よりも、先生が何を書いてくれたのかコメントが気になりました。点数も一つの指標と思いますが、コメントの多さや、これはすごく面白いとかほめられたりすることの方が気になっていました。

 


今村先生は、学生のレポートや論文に10点満点で点数を付けて返していますが、それは決して評価のためではありません。よくないものは1点を付けるとあらかじめ伝えてあるものの、少し甘めに付けたりもします。頑張れば満点が取れると思ってもらいたいからです。一方、優秀な論文はコピーして配り、それで教師の求めるレベルを示します。学生は同じようなレベルになろうと努力していくようになります。

 

今村先生は、この英語講読の授業のほかに、200人規模の「異文化理解」の授業も受け持っていますが、その授業でも少人数の授業と同様、レポートにはコメントを書き入れ返却しています。毎回授業終了時に、200人の学生はB6サイズの紙に小レポートを書きます。あらかじめ書くことをアナウンスしているので、学生は集中して授業を聞き、一生懸命考えて書くと言います。レポートの回収後に全員分にコメントを書くのに費やす時間は、せいぜい1、2時間くらい。そして、優れたレポートは印刷して次の回に全員に配ります。

 

社会人基礎力が授業の中に鮮明に生きる〜さらに新しい試みも〜

社会人基礎力によって教育の意図が明確になる 

・・・・・・・・・・・・IMAMURA Tateo

 

今までの大学の授業が学力偏重教育であって、社会人などという意識のないところで為されていたのに対して、「社会人基礎力」というものを大学教育に取り込むというのは、一種の変革だと思います。私自身も言葉としては知っていたけれど、それが英語という普通の授業の中にどうやって組み込まれるのかという不安もありました。

 

しかし、その「3つの力」「12の能力要素」の内容を理解したとき、それは既に私の教育の中に意識されているものだと思いました。そういうものが、顕在化されたことに大きな意味があります。私にとっては、自分が教育をしている中で、今、学生にこういうことを課しているが、それはこの能力を高めるためにあるのだ、ということを自覚できたところに意味があります。

これまで見てきたように、今村先生の授業は、既に以前から「社会人基礎力」育成の仕掛けが随所に埋め込まれたものでしたが、「社会人基礎力」の内容を理解してから、先生は二つの新しい試みを始めました。

 

一つは、学生に毎授業後、自己点検のための「リフレクションシート(振り返りシート)」を書かせること。それに対しても、先生は目を通しコメントを入れ学生に返すという繰り返しを続けました。これにはとても大きな教育効果があったと先生は言います。もう一つは、OGを招いた振り返りのグループ面談を行ったことです。

 

自分の考えを語るのは、自分をもう一度見直すこと 

・・・・・・・・・・・・IMAMURA Tateo

 

出版社の編集者、国家公務員、大学院を出て主婦になった人などOGに集まってもらい、社会人とのディスカッションを、グループごとに何時間か行いました。そこには、私が教師として向き合っているときとはまた違った、いきいきとした学生の反応がありました。

 

全く聞いたことも会ったこともない社会人が目の前に現れて、しかしその人に向かって一人の人間として自分の悩みや考え、将来のことを話している。その状況がすごいと思いましたし、学生の対応の仕方も面白いと思いました。同時に、社会人に自らの考えを語るという状況の中で自分自身をもう一度見直す機会を得たということは、学生にとって大変幸運だったと思います。大学2年生の段階で、いわゆるキャリアという意識も生まれたと思います。

■学生の声

◆毎回の授業で振り返りを行って「リフレクションシート(振り返りシート)」に書くことがだんだん増え、今日はここを頑張ったなということも自覚できてきて、最後に見返してみると、自分が成長したなと思いました。特に「前に踏み出す力」が、私の中では一番伸びました。それまでは、皆で何かをする機会も少ないし、リーダーをする機会も与えられなかったのですが、そういう機会が与えられて、実際にやってみて、いい発表ができたり、他のグループからほめられたりしてよかったと思いました。何でもとりあえず手を挙げて参加してみようという意識が生まれて、やってみようよと声をかけたりするようになりました。

 

◆私は「社会人基礎力」に出会えてよかったなと思いました。自分のことはわかっていたつもりだったのですが、こういうふうに「12の能力要素」に分けられたときに、よいところでも段階があるのだということがわかってきました。これから就職活動するに当たって、自己分析をすると思うのですけれど、そのとき自分の強みもすぐに判断できるし、足りない点や、そのために何をしなければならないのかも、自分の中で整理がつけられるようになったのがよかった
と思います。

 



以上のように、今村先生の授業は、予習、ディスカッション、論文執筆、評価という一連の活動をうまく連動させ反復していくことで、共に学び共に高め合うものとなり、「考え抜く力」を高め、「チームで働く力」も高めつつ、学びに対して主体的に取り組めるように、学生を知らず知らずのうちに変容させていく授業でした。

 

こうした授業を進める上で、当然ながら教師のあり方は大きなポイントと思われます。学生達は今村先生に対して、自分の能力を引き出し、そこに価値を見出してくれた教師であり、自分を受け止めてくれるという意味で親密さを感じるとともに、学問的で自由な雰囲気を醸成する優れた研究者、その人に評価してもらう価値と喜びを感じていたと思われます。

 

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