育成事例

3.大学全体への育成の普及

キャリア科目で植えつけ個別科目で高める4年一貫のカリキュラムを目指して

小中学校で用いられる観点別評価の方法で社会人基礎力を導入。学生に自信を与え、就職活動、就職後にもつながる力に

東海大学

◆東海大学の構想に似た先進事例:米国アルバーノ大学についてはこちらから

長い歴史と伝統のある大学が、社会人基礎力育成を全学の科目に広めるというのは、歴史の浅い大学に比べると、容易なことではないと思います。各教員にとって、自らの担当科目で社会人基礎力を育成するということは、その科目で何を教えるかという点にまで遡って、考え方の変革を要求される場合もあります。教える知識の量を減らすことになるかもしれません。また、各科目は全体のカリキュラムの中に位置付けられていますので、教授内容を変えたり減らしたりすることは大変な作業を伴う可能性もあります。


そのような中、全国に10キャンパス、80以上の学科を有する私立の大規模総合大学である東海大学が、社会人基礎力育成を大学全体に普及させようとしています。モデル大学として、成績評価方法とキャリア教育の改革を軸に取り組んでいます。

 

まず学生の成績評価については、これまでの知識量中心の評価や、レポート課題などの評価基準が曖昧だった点を改めようと、社会人基礎力の能力要素を成績評価の観点として採用し、レベル評価することを試みました。


キャリア教育では、新入生が自分の置かれた環境をポジティブに捉えて大学での学習に積極的に臨むよう仕向けるキャリア設計科目に、グループワークを積極的に取り入れました。そして、社会人基礎力の育成にもキャリア設計科目の目的達成にも有効な教育プログラムを作りました。そこでは、活動の合間に、個々の行動が社会人基礎力の12の能力要素のどれに関連しているかを、そのつど確認します。それにより、社会人基礎力がいかに実生活になくてはならないものなのかも理解させようとしています。


この変革に中心となって取り組む、文学部の内藤耕教授(キャリア支援センター次長)は、「今、社会人基礎力とキャリア設計科目は、大学教育にとって両輪のように重要になってきている」と言います。

 

社会人基礎力は全ての基本。それがなければスキルがあっても学べない

内藤先生は、次のように語ります。


「実社会では、知識そのものより知識を扱う際に示される能力や姿勢、例えば社会人基礎力でいう『創造力』『主体性』などの方が、重要になってきています。既に日本は世界の先頭を走る国になっていますから、知識を吸収して真似るだけでは済まないのです。


学問研究においても、社会人基礎力がないと十分なことはできないでしょう。私は専門性を高く持てば持つほど、その必要性が高まるとさえ思います。理系の博士課程修了者の就職難が問題になっていますが、人の話をきちんと聞く、考えの違いを柔軟に受け入れる、創造的思考を働かせて課題に取り組むなど、研究にも社会人基礎力は欠かせません。社会人基礎力の不足している天才的な研究者が、普通にはない能力を持って研究を推進している、というケースはあるかもしれません。しかし、日常的に高度な学問研究を支えているのは、あくまでも優秀でありながら社会人基礎力も備えた社会人研究者達です。言うまでもなく、研究職であっても就職の際に問われるのは社会人基礎力なのです。


一方、大学の授業においても、『傾聴力』『発信力』『考え抜く力』などがなければ、積極的に授業内容を聞くことができない。聞いたとしても知識は少しも定着しません。プレゼンテーションや論文作成、図書館での検索といったスキルも、社会人基礎力がまずあって、その上で必要になってくるのだと思います。プレゼンにしても、何を話したいかが明確でなければ、いくら話し方を教えてもうまくはなりません。図書館にしても、いくら使い方を教えても、調べる気がなければ無意味でしょう。スキルを教えれば、誰もが学べるようになると思うのは誤解です」

 

評価方法における取り組み

評価の仕組みを改革して授業改善、それは社会人基礎力の普及も

どの授業科目でも、出席する、話を聞く、調べる、レポートを書く、発表するなどを通して、社会人基礎力育成は少なからずなされています。しかし、社会人基礎力を育てるという意識を持っている教員は、そう多くはないと思われます。しかし、もし学生を評価する観点として、社会人基礎力の能力要素が用いられることになれば、教員も学生もそれを意識せざるを得なくなるでしょう。いわば「隠れていた」能力育成が「顕在化」してきます。顕在化されれば、さらに意識してそういう教育をしようとする教員も増えるでしょう。評価によって社会人基礎力育成が普及していくことも、期待できます。


そもそも学生が受講科目を選択するとき、まず気にするのは成績評価の基準だと言われます。となると、評価の基準次第で学生の学び方も変わるはずです。一方成績は、必要に応じて本人のみならず保護者、就職先などにも開示されますので、教員も責任ある対応を迫られます。社会人基礎力育成の「顕在化」のみならず、そのために意図的に指導内容や方法を変えざるを得ない場合も出てくるでしょう。


こう考えると、成績評価の仕組みを変えることは、大きく教育内容や学生の成長に影響を与えると思われます。しかも、仕組みができあがれば共有されやすい。評価の仕組みも教員間で共有されやすいはずです。授業改善を広げていくためには、評価の仕組みを工夫することは有効でしょう。


元来、成績評価は単位取得を証明し、大学卒業者に学位を保証するものでもあります。ところが現在、企業は学生の採用の際、その評価は参考にしないと言います。大学での学びすら重視しないとも言われます。就職活動のスタートが早まり、勉学とは関係ない能力振り分けテストのための勉強や、面接試験のためのトレーニングなどが必要になり、本来の大学での勉学がじっくりできなくなっているという状況もあります。しかし、就職活動をしてこそ人間として成長すると言われるような本末転倒状態は容認されるべきではなく、そうならないためにも、大学教育の質は高めていかなければなりません。そのためにも、教員が社会人基礎力を意識した評価の仕組みを工夫し、授業改善にも取り組んでいくことが大事でしょう。

 

評価の観点として、社会人基礎力の能力要素を取り入れた東海大学の試み

従来の評価の多くは、レポート課題やプレゼン内容をざっくりと評価するというものでした。それは、いわば知識の理解度とその展開力を、教員各自がそれぞれに培ってきた基準で評価していくということでした。一部の社会人基礎力は、明示はされないまま各教員の総合的イメージの中に存在し、潜在的に評価対象にもなっていたと思われます。


東海大学では、そのような中、評価の観点として、社会人基礎力の能力要素を取り入れることにしたのです。これによって、「評価結果は多くの人の関心や信頼を受けることになる」と内藤先生は言います。そこでは、知識だけが表立って評価されるということはなくなります。社会人基礎力が発揮される行動の中で活用されるものとして、知識は間接的に評価されることになります。


具体的な評価方法としては、科目別に、重点を置いて育成・評価する社会人基礎力の能力要素を、「育成・評価の観点」としてそれぞれ3つ程度定めました。その上で、科目別の能力要素ごとにレベル基準を作り、評価する方法・課題内容等を決めていきました。


例えば「近現代東南アジア論」の場合、「発信力」「課題発見力」「傾聴力」「柔軟性」という4能力要素を育成・評価すると定め、それぞれの能力要素をどんな行動やポイントで評価するかを決め、それに合わせて5段階のレベル基準(下図参照)を作成しました。


それは教員にとって、その科目にとっての「傾聴力」とは何か、「課題発見力」とは何か、というように、自らの教える科目内容の中で社会人基礎力の各能力要素が具体的にどのような形で存在しうるのかを、改めて考えることになりました。


例えば傾聴といっても、学問の内容によっては、日常会話で相手の心中の思いを引き出すのとは、少し違う意味内容を持ちます。化学ならば、化学の知識がなければどうにもならず、その知識を保有しているかどうかの方が重要だという場面も出てくるでしょう。このように、科目に合わせた「傾聴力」を育成し評価することが必要と考えたのです。そして、さまざまな科目でそれぞれに「傾聴力」が育成・評価されていくことで、より高いレベルの「傾聴力」が得られるような育成・評価システムを構想したのです。

 

●「近現代東南アジア論」(アジア文明学科)の授業のスケジュール

第1回

ガイダンス

第2~3回

ワークへの招待:グループ作り演習(旅行事業へのイメージ作り)

第4回

東南アジアの基礎知識

第5~6回

スタディ・ツアーとは。チーム作り。

第7~9回

課題探検:グループ別作業

10

合宿研修:ブレインストーミング(5h/日×2日)

1112

プレゼンテーション手法研究

1314

企画案発表

1516

プロジェクトの推進

17

プロジェクトの推進:商品化をめざして課題に対する新たな条件提示

1819

旅行代理店による中間指導

20

プレゼンテーション手法の研究

2122

最終報告案の検討

2324

成果発表会

25

振り返り

資料提供 東海大学

 

●社会人基礎力の各能力要素を観点とした成績評価(「近現代東南アジア論」/アジア文明学科より)

1)発信力・・・・・プレゼンテーション25%

聴衆の状況をみて訴求力のある発表となっている

チームでの協力にもとづく発表となっている

明確な論理構成のもと発表がまとめられている

表現上の工夫(図、映像等の活用)がみられる

とりあえず発表だけはした

 

2)課題発見力・・・・・レポート40%

4を踏まえた上でレポートに対する十分なつくりこみがみられる

既存の枠組みにとらわれない新しい視点が見られる

(例:ステレオタイプ的に貧困をとらえていない)

社会問題等テーマへの関心の深さがうかがえる

テーマを立てることができている

東南アジアに対する興味関心が明確でない

 

3)傾聴力・・・・・ノートテイク試験10%

         正答率がそのまま成績となる

 

4)柔軟性・・・・・出席(ワークへの参加)25%

異なる価値観の相手と共有できる理念や目標を見つけ、協力し合うことができる

相手の意見を尊重しながら説得できる

自分と他者の意見の共通点や相違点を見つけられる

自己の主張にこだわり、他者の意見を聞こうとしない

とにかく参加している

 

 

 

資料提供 東海大学

アメリカの先進事例に似た構想を、日本の現状を踏まえて

東海大学のこの考え方は、中央教育審議会や『今日から始める社会人基礎力の育成と評価』(平成19年度社会人基礎力育成・評価手法開発事業のリファレンスブック)でも紹介した、アメリカのアルバーノ大学の能力要素の考え方に似ています。


アルバーノ大学は、社会人基礎力領域を中心とする能力を8つの観点・6レベルに分けて表示し、その上で、各科目がどの観点のどのレベルを育成し評価するのかを決めています。そして、その科目がどの専門分野でどういう内容の授業をするかによって、各観点の捉え方や各観点として見る育成や評価ポイントが、それぞれ異なってくるのです(→アルバーノ大学の教育の考え方はこちら)。加えて、各科目に対し、いわゆるS・A・B・Cといった成績の段階評価はしません。そのため各科目で8つの観点のどのレベルを育成・評価するのかを決めやすくなっています。そして、教員自らが決めた教育内容と評価をクリアすれば、最終的には、ある観点のあるレベルに到達するように仕組まれています。


その分、各科目では、その観点とレベルを保証するように、きめ細かい教育指導と評価、さらに評価を育成に生かすための工夫がなされています。提出したレポートや自らの活動を振り返って書いた自己評価シート等へのフィードバックは、毎回徹底して行われます。さらに、自己評価力育成のための特別な教育も行っています。具体的には、初級、中級、上級と分けてガイドラインを設定し、学生のレベルに沿った指導がなされるのです(→アルバーノ大学の自己評価育成レベルのガイドラインはこちら)。


また、インターンシップ、病院実習(看護学部)、教育実習(教育学部)も単に体験するだけのプログラムではなく、明確にプロフェッショナルゴール(課せられた業務)、アカデミックゴール(8つの観点)、パーソナルゴール(自信など)を決め、派遣先に評価してもらいます。つまり、評価も単に丁寧なだけでなく、成長につなげる工夫がなされています。

 

内藤先生は語ります。


「各授業では、教員側が社会人基礎力を伸ばすという意識で教育に臨みコンテンツを作り上げているか、その上で学生をどう評価しているか、すなわち、社会人基礎力を尺度化して評価しているかがポイントだと思います。そこを見失うと、もうやっていますよとか、ゼミで卒論書くことだって社会人基礎力に結び付きますよとか、理系の卒業研究は研究室で取り組み社会人基礎力なくしてはやっていけないから自然と身に付きますよとかいうことになってしまいます。確かにその通りではあるのですが、意識化して、そこに教育目標を置いてやるのとそうでないのでは、やはり差が出ます。達成度合いも違ってくると考えられます。


ところで、能力要素の定義やレベル感覚は科目ごとに異なります。しかしそれはあまり大きな問題とは考えていません。また、産業界の仕事現場と直接つながるような能力定義やレベルなども考えない方がいいでしょう。そもそも能力要素の定義やレベル感覚を統一することは、大変な困難を伴う作業です。

 

まずは教員の能力の範囲内で社会人基礎力を育成・評価する努力から始めることです。大切なのは、一見実社会と離れているように見える専門科目を通した学びが、就職活動や自らのキャリアを歩む上で実は有効なのだということを学生達に伝えていくことです。それによって、授業への取り組み方が変わり、活気ある授業が展開されるでしょう。今の日本の大学では、まず教員と学生の間の信頼関係を作り、授業に活気を生み出すことが重要なのです。


コンピテンシーやリテラシーを用いた客観能力テストへの関心も高まりつつあるようですが、外部が提供するテストによる評価を用いるのは、大変危険だと思われます」

 

社会人基礎力導入は専門科目改革にも効果、
文系学生に新たな勉学ニーズを生むか?

さらに内藤先生が在籍するアジア文明学科では、社会人基礎力を「育成・評価の観点」として導入することは、専門科目の教育改革としても効果的でした。


「私が専門とする地域研究では、ディシプリン中心からフィールドリサーチ中心の研究教育へと変わりつつあります。フィールドリサーチ中心の学び方は、社会人基礎力も高める能動的かつグループ活動を重んじる学び方です。ですから、実社会を意識した社会人基礎力重視の育成・評価の考え方があると知ったのは、とても有益でした。社会人基礎力育成・評価を目標とすれば、直接役立つ知識は学ばなくても、実社会に入ってから役立つ能力を学べるものとして、フィールドリサーチ指向の学び方を取り入れやすくなるからです。


そもそも人文系の学問は、カリキュラムも、医学部や工学部のような積み上げ型ではありません。そして学生の多くは、その学問の専門家になるわけでもありません。そのような中で、学生が社会人基礎力向上という観点で科目履修をしていくという、そんな形で学生の勉学ニーズに応えるカリキュラムもあるのではないか、と思いました」

 

社会人基礎力向上を助ける、学生一人ひとりに対応したサポートシステム構想

学生は、社会人基礎力レベルもさまざまで、伸ばしたい能力も異なります。そこで、自ら高めたい社会人基礎力の能力要素を踏まえ、計画的に科目履修ができる形を考え、東海大学では、次のようなサポートシステムを作ろうとしています。


まず、学習計画も含めたキャリアカウンセリングを行えるようにします。これまで多くの学生にとっての科目履修は、良い成績を楽に取れるといったことが優先され、自分の将来像や何を学んだらよいかなどについては中途半端な気持ちのままなされる、というのが実情でした。これでは学生も、大学で学んだという自信を持てるはずがありません。


カウンセラーは、学生の履修履歴を見て社会人基礎力の向上状況を把握した上で面談を行い、学生の能力の強み弱みを理解します。学生が将来就きたい職業、この先の学びへの希望も掌握します。その上で、この先の勉強についてカウンセリングをするのです。そこでは、次に身に付けるべき社会人基礎力や、そのために履修したらよいと思われる専門科目に言及したりもします。


そして同時に、各学生がこれまでどのように科目履修し、その中で社会人基礎力を高めてきたかがわかるような履修履歴のポートフォリオシステムも作ろうとしています。学生はそのシステムで、これまでにどの科目でどのような社会人基礎力を伸ばしたかなどを振り返り、確認しながら、次にどの社会人基礎力を伸ばしたいかなどを考えて科目履修を行います。このことは、就職などの際に自分を振り返り、面接などで自分のことを客観的に捉え伝えることに有効です。カウンセラーがこのシステムを、面談対象の学生の情報を得るために利用することは、言うまでもありません。

 

しかもこのシステムは、個別の授業における教育と学習の質の向上にも役立ちます。小テスト、小レポート、プレゼンテーションなど授業途中で行う活動の評価を、随時、ポートフォリオに上げることで、学生の学習に対するフィードバックがなされます。それらの活動について社会人基礎力の観点での評価も出ているので、学生は、自らを振り返り、学習のあり方を改善したり、社会人基礎力の発揮を自ら促したりするのに有効です。教員は学生の学びをサポートでき、学生は学習を計画し管理しやすくもできると言うのです。


これなどは、現在重要とされている学生の自己管理力、さらには自己学習力を高めていく取り組みにもつながると考えられます。

 

キャリア設計科目における取り組み

社会人基礎力をまず知って、自分と自分の立場を客観的に受け入れることが大事

新入生が、まず「社会人基礎力とは何か、どういう意味を持つのか、12の能力要素はどんなものなのか」を知るための科目が、キャリア設計科目です。キャリア設計科目は、キャリア教育の基幹科目です。一方で自己理解を深め、他方で業界、職種、働く意味などを知るための科目として、多くの大学が設置しています。具体的には、キャリア(職業を中心とした人生)の中に学生生活を位置付け、充実させていくきっかけとして実施する場合も多いです。


東海大学では、この科目で、学生が自らの置かれている環境を見つめ、受け入れるための教育を行います。自分の入った学科を自分のものとして受け入れられることが、学習への最初の意欲につながり、大学で学んでいくための意欲になっていくからです。「考え抜く力」にしても、自分の置かれている環境を自分のものとして受け入れられたときに、初めて発揮され始めます。この辺りの問題が今なおざりになっていると、内藤先生は感じています。

 

ある専門分野に対して、積極的に学んでいこうとするには、絶えずモチベーションを上げていくための仕掛けなり情報なりが必要です。それは、単に専門知識を易しく伝えればよいのではないと内藤先生は言います。そもそも青年期にある若者が、学びたい学問や就きたい仕事に対して、気持ちが揺れ動くのは当然のことです。しかも現在、どこの大学でも不本意入学者が増えていると言われ、やりたいことを見つけられない学生が多いのです。モチベーションを上げるためには、まず自分を受け入れ、積極的に学びに取り組んでいくように変えていく必要があり、そのためには、社会人基礎力の育成を取り入れていくことは大変有効だ、と内藤先生は言います。

 

異質な学生同士を交わらせて「チームで働く力」を養い、
自分に自信を付けさせる

「自分の良い面を認めるためには、他人と関わり合うこと、つまり『チームで働く力』の発揮がとても大事です。とりわけ、異質な他人と関わり合いは重要で、例えば自分にとっては数学を学んでいるということが当たり前でも、他学科の学生にとっては特異に映り、『すごいね』と言われるかもしれません。そして、数学で自分が学んでいる内容を話したり教えたりすることがあるかもしれません。それが自信につながります。異なる価値観・環境に置かれている学生同士を交流させることで、自分の置かれている状況を客観視させます。それが、『考え抜く力』の『課題発見力』なども引き出します。

 

ですから、この科目では、複数学部の学生を一緒に受講させ、また毎回グループワークを行い、メンバーも組み替えて、そのたびに自己紹介をさせます。毎授業が、まさに社会人基礎力の発揮場面になります。そしてそのつど、社会人基礎力の能力要素の説明も受けていきます。社会人基礎力の発揮が高まることでグループワークのレベルは上がり、そのグループワークが目指す『自分を受け入れ、自信を持つこと』のレベルも上がっていきます。したがって、このキャリア設計科目では、社会人基礎力を高めようとすることも同時になくてはなりません。


具体的には、エンカウンターの考え方に基づく、お互いの価値観を披露するワークを行っています。『無人島で過ごさなければならないとき、あなたは何を持っていきますか』などをテーマにするワークでは個人の価値観が表れ、そこで人によってさまざまな価値観があるのだということを認識していきます。その際、深く認識し、自分を受け入れるようになるには、社会人基礎力の発揮は不可欠なのです」

グループでの上級生インタビューを通して卒業後を展望させ、
今なすべきことを考えさせる

また、上級生インタビューでは、グループで何を聞くか検討するところから始まって、聞きたい内容をグループでまとめて発表します。授業の取り組み、課外活動、卒業後はどんな人生を歩もうとしているのかなどを聞き出し、大学生活や卒業後のイメージを膨らませます。大学生活を通して、こうなりたいといったモデルにもなってもらいます。これらを通して、学生は自分の将来を考え、大学時代にどの専門科目を取るか、どんな課外活動をするかなど自らの学びや生活を、主体的に組み立てられるようになることを目指します。


その過程は、「チームで働く力」を発揮することで、自分を受け入れられるようになっていく過程であり、結果として「主体性」が高まる過程になります。そのことが、大学で学んでいくことのモチベーションつまり「前に踏み出す力」を育むことにもなります。卒業後を展望させる中で、「自分に今足りない社会人基礎力は何か」、また「それを伸ばすにはどういう努力をすればよいか」についても考えるように仕向けます。 


内藤先生は、「学生は、一人でではなく友人との関係の中で成長していくので、この授業で人と話すことは楽しいと思ってもらい、その後の学生生活では自分から人と関わりながら、成長していってもらえればよいと考えている」そうです。

 

●1年次のキャリア設計科目の授業方針

主体性 重視

・参加型で自らの体験を通して学ぶワーク主体(書く、話す、聴く、作業する)です。

・与えてもらうのではなく、自ら積極的に関わり、協働で場をつくろう。

 

経験 から学ぼう

・体験して、感じて、考えて、やり直ししながら学んでいこう。

・ここは練習場、うまくいかなくてもいい、失敗から気づくことは実に多い。

 

③ 自らの気づきを大事にし、お互いに学び合おう

・授業は多様な人と関わる機会。視野を広げて、相手にも自分にも役立てよう。

・自分の発見、驚き、疑問、違和感、感情の変化、納得感を大事にしよう。

 

未来志向 で考えよう

・「これまで」にこだわらず、「これから」を考えていこう。

・自分の気づきを今後に活かすことを考えていこう。

 

⑤ 多様な人と 楽しく 交流しよう♪

・ほぼ毎回席順がかわります、楽しいゲームもあります。

・他学部の人たち、あまり話したことない人たちと大いに話そう。

資料提供 東海大学

●1年次のキャリア設計科目の授業のスケジュール

資料提供 東海大学

社会人基礎力の自己評価シートを活用し、
自分の強みを自覚させる

キャリア設計科目では、12の能力要素がそれぞれ5段階レベルになっていて、自分の能力レベルを自己評価できるシートが用意されています(→自己評価できる振り返りのシートはこちら)。これは、学生に能力要素を明確に理解させる役目もしますが、むしろ、自己評価することによって能力要素に伸びが見えたら自信が付く、ということを期待して、学期初め(事前)と学期末(事後)に実施されています。実際に学生から、自分の強みが具体的に言えるようになったという声があるそうです。


ところで、教員の指導はどうしても悪いところや誤り、欠点を指摘する形になりがちであり、同様に学生も自己をネガティブに捉えた評価をしがちです。そのためここでは、ポジティブに捉え、強みを見出すためにやるのだということを、とりわけ強調していると言います。

 

●社会人基礎力の自己評価の変化(事前→事後)
 -自己評価は自分をポジティブに捉えるために実施

※事前、事後の結果は学生に渡される
※政治経済学部 政治学科 2年生/男子の例
図版提供 東海大学

2年生以降、社会人基礎力を伸ばし続けるように仕向ける、振り返り面談

この授業の最後には、将来的な学習カウンセリングの実施を意識して、キャリアカウンセラーによる振り返り面談を行います。そこでは、自分がこの授業で印象的だったこと、頑張ったことを話させます。話を聞きながら学生の経験を承認し、よい記憶として話せるように指導していきます。その際、社会人基礎力の能力要素を用い、例えば「それは君の強みになるね。社会人基礎力の言葉で言えば柔軟性があるんだね」と置き換えてみせることで、社会人基礎力の言葉を明確にさせます。「社会人基礎力を表す言葉を意識したり、それに当てはめて自分のことを伝えようとすると、自分がこれまでやってきたことがより明確になり伝えやすくもなる。だから、自分のことを言葉にして社会人基礎力で言い表すことは大事なんだよ」と指導するのです。


この面談は、いわば社会人基礎力を学生に意識付ける役割を果たします。したがって、社会人基礎力に関連付けた行動事実のシート記入はこの面談後に行い、その際、大学時代における社会人基礎力の向上の目標も立てさせます。この面談で、その学生がこれまでどのように学んできたのか、どのように社会人基礎力を育ててきたのかも把握し、その後の専門科目も含めた履修についても触れながら、カウンセリングできるようになることが理想なのです。

 

 

これらの取り組みは、キャリア支援センターとアジア文明学科、及び精密工学科で実施されました。しかし現在のところ、キャリア設計科目を受講した上で、新たな評価方法を取り入れ授業改善した専門科目を受講した学生は多くなく、今回の取り組み全体を評価するのはまだ難しいようです。学生からは、今までよりグループワークや体験的学習が増えて楽しかったという声が聞かれますが、社会人基礎力の能力要素をキャリア設計科目と専門科目で一貫して捉えるまでには十分には至っていないようです。


また、成績評価を社会人基礎力を用いた評価基準で行うと提示した科目においても、それに応えて課題に取り組んだ学生は必ずしも多くなく、高い意識を持った新たな取り組みをさせるためには、授業でその意識を高めるように教育してからでないと難しかったようです。例えば、「東南アジア文明概論」という科目の「東南アジアの料理を食べて感想を書く」という課題では、「友人と協力して自宅で調理した場合」に対して最高点を設定しました。これは、「実行力」の発揮を求めた基準を示して(下図参照)努力を促そうとしたわけですが、「一人で店に食べに行って」感想を書いた学生が多くいたそうです。担当教員は、新しい試みなのだから、毎年繰り返し行っていくことで学生にも浸透し理解されていくだろうと語っています。


このように、社会人基礎力の育成は、制度的改革を行えば簡単に普及するというものではないようです。とはいうものの、大学進学率が50%に及び、大学卒業生を人材として活用したい産業界が、一つの専門だけではない多様な知識とそれを組み合わせる力、さらには社会人基礎力などを求めるようになっている今、この東海大学の取り組みは注目に値すると同時に、今後の発展に期待したい事例と言えましょう。

 

●「東南アジア文明概論」のレポート採点基準

このレポートでは、実行力(挑み力)と発信力(集い力)を評価します。

 

実行力:どのような「シチュエーション」であったか、かならずレポート内で触れてください。

ポイント

行動事実

友人たちと2品以上いっしょに作って食べた

自分で作って食べた

遠くまで出かけていって食べた

近くの店で注文して食べた

家族に頼んで作ってもらった

 

発信力:レポートの内容についての採点基準(一応の目安)です。

ポイント

評価内容

(下の4を越えて)感想の域を脱して、関連資料(除くWEB)を使うなり、単なる報告以上の情報をもりこんでいる。

写真が魅力的で、記述も十分読ませる。

写真、文字ともに適量。

写真はオリジナルであるが、文字が少ない。

写真がオリジナルではない。文字も少ない。

注意:友人と一緒に食事に行ったり、料理をした場合でも、レポートはそれぞれ別々に作成し、写真等も違うもの(被写体は同じものであっても)を使うこと。

 

資料提供 東海大学

 

1年次のキャリア設計科目の振り返りのシート 

図版提供 東海大学

 

米国・アルバーノ大学の教育の考え方

●社会人基礎力を独自の8つの観点で定義し、6段階でその達成度を表示。
●カリキュラム上の各科目が、どこかの観点の、どこかのレベルの育成・評価を担う。
●評価の観点は学問・学科ごとその専門の特色、教育内容等を踏まえて検討され、柔軟に捉えられる。

※平成19年度社会人基礎力育成・評価手法開発事業において、

河合塾が作成したものに基づく


○各科目は、原則、複数の観点を担う
○各学問分野の科目を教えるに当たって、教員は「自らの担う観点」において、授業を実施(達成度レベルが目指された授業)
○そのことで狭い専門知識に陥ることのない、幅広い場面で活かせる社会人基礎力等を習得できるよう学生を導く
○学生の評価も、その決められた観点で実施
○評価の方法は、レポート・発表・作品・授業中の態度・外部評価者による面接評価等で行われる
○下位レベルの単位取得後に、上位レベルが履修可能に
○単位付与では、レベル評価としての成績は示されず、取得ができたかできなかったかしか示されない
○レベル1から4までが一般教育、レベル5・6が専門教育で育成を目指し、学生は複数の科目で社会人基礎力育成に取り組み、すべての観点でレベル4まで達することが卒業要件となっている 

 

●アルバーノ大学・自己評価力育成レベルのガイドライン

 

初級

中級

観察

Observing

自己の活動を観察するにあたり、初級の学生は記述的手法を用いてその能力の発達に主眼を置く。自身の思想過程を表すために具体的詳細を用い、問いを明確にし、自己の変遷や成果に関する様々な側面を説明するための要素を体系的に見直す。何を目指し、目標に向かってどうしたのか、そしてどのような成果を得たのかについて、(教員に)伝達する手段を開発する。期待、これまでの学習、考え及び感情が、自己のパフォーマンスに焦点を当てた能力にどのように影響したかを認識する。

 

基準

・能力に関連するパフォーマンスかつ/又はパフォーマンスにつながる過程における自己の言動(行為、考え、感情)を記録する。

自己の活動を観察するにあたり、中級の学生は明確な能力的、又は学問的フレームワークを用いて(フレームワークを自己のパフォーマンスに当てはめる際には機械的になってしまうかもしれないが、)自己の考え(reflection)を体系化する。概念(concepts)と自己のパフォーマンスとを有意義に関連付けることにより、これまで自分が能力や学問のどういった側面に影響を受けたかを示す。

 

基準

・学問的かつ/又は能力的フレームワークを自己のパフォーマンスに当てはめる。

・学問的かつ/又は能力分野で用いられる用語を使い観察内容を伝達する。

・パフォーマンスについて熟考するため、批判的に見る。

解釈・分析

Interprting/Analyzing

自己のパフォーマンスを読解/分析するにあたり、初級の学生は個別の言動を扱うだけではない。基準、能力、あるいは一連のパフォーマンスとの関連から、各言動のつながりを明確にする。

 

基準

・言動の長所及び短所の傾向を把握する。

・個別の焦点について詳細をまとめる。

・同級生(peer)やインストラクターからのフィードバックと自己評価との関連性を明確にする。

・パフォーマンスのために計画し、実行する能力に感情が及ぼす影響を明確にする。

自己のパフォーマンスを読解/分析するにあたり、中級の学生は自己のパフォーマンスを各側面に分けて検討し、同時に各々がどのように全体に影響しているかについての認識を示す。

 

基準

・自己の言動(行為、考え、感情)における長所及び短所の傾向についてその意義(重要性)を説明する。

・フレームワークに関連づけて自己のパフォーマンスを理解する。

・同級生(peer)や評価者からのフィードバックを活用し、パフォーマンスについてより大きな視点を持つ。

判定

Judging

自己のパフォーマンスを判定するにあたり、初級の学生は基準に関する知識を用い、自己のパフォーマンスが基準に沿ったものであるという証拠を説明する。基準が含意するところを分かりやすく言い換えることにより、その意味を探求する。

 

基準

・基準と言動およびパフォーマンスとを結びつける。

自己のパフォーマンスを判定するにあたり、中級の学生は、一連の基準がひとつのまとまりとして相互作用し、能力に関して一つの全体像を生み出すことを理解し、また評価を行うときは基準に縛られず、能力という観点からパフォーマンスを見る必要があることを理解する。

 

基準

・パフォーマンスに対する自己判定について、一連の基準をひとつのまとまりとして理解する。

計画

Planning

更なる成長を目指して計画を立てるにあたり、初級の学生は、学習に対する自己の取り組みが変化していること、また自分で様々な策を活用して学習できるという自覚を示す。また将来の学習への影響を理解する。

 

 

基準

・パフォーマンスかつ/又はそれにつながる過程にとって維持すべき側面を特定する。

・更に成長させるべき側面を特定し、パフォーマンスかつ/又はそれにつながる過程への取り組みを提案する。

更なる成長と目指して計画を立てるにあたり、中級の学生は自分が一人の学習者であることを自覚する。将来のパフォーマンスを考慮する上で効果的にフィードバックを活用し、特定の目標をもって方向性を定め、それまでの自己の長所・短所を把握する。

 

基準

・改善に向けた目標を、これまでの進歩および将来の成長の可能性に関連付ける。

・友人や評価者からのフィードバックを活用し、将来のパフォーマンスを計画する。

・自己の感情的反応を理解することで、継続的成長のための計画を立てる。

※初級、中級のみ掲載。他に上級あり。
※平成19年度社会人基礎力育成・評価手法開発事業において、河合塾が作成したものに基づく

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