IT業界からのメッセージ

著しい技術進歩は、現場で自ら判断できる人材と組織を求めている

株式会社富士通東北システムズ 代表取締役社長 八田信氏

技術の加速度的進歩が、IT業界の構造を根底から変えた

産業界、特にIT業界は1980年代から2000年代にかけて、その進歩のスピードがどんどん速くなってきています。この先、そのスピードはさらに速まるでしょう。


80年代、私が現場にいた頃は、システムを導入するお客様先に多くの社員が数年間常駐し、働きながら技術を学ぶことができました。一つ一つの仕事も大きかったのです。そして基本となる技術も極端に言うとOS、データベース、処理言語、ネットワークを各1種類知っていれば、かなりのお客様の仕事ができました。それが今では100の技術でも足りません。一人でカバーできるエンジニアなど、もういないのです。


今やどこの会社も、基本的な情報システムは持っています。また、パッケージ化も進んでいます。そのため、依頼の多くは小規模な仕事になっています。東北を拠点とする当社の例では、昔は1000万円以上の仕事が全体の半分はあったのが、今は件数で5~10%しかない印象です。依頼の数は多く納期が短い。一つの仕事に数ヶ月とか数週間、短い場合は1日というものもあります。


システムを共有化できるようになったことも大きいです。以前は支社ごとにシステムを保有していましたが、今は、ホストサーバーは本社にだけあり、事業所や支社は遠隔でつながって操作すればよいのです。ホストサーバーに関する技術やメンテナンスを持たなくてよい分、事業所や支社は前線の仕事に注力できます。この傾向はさらに加速します。今、多くのITベンダーがインターネットでさまざまなサービスを受けられるような環境=クラウド(雲)コンピューティングを提供しています。今後これが普及すれば、技術・ノウハウはシステムを開発・維持するためのものから、システムを利用して業務を変革していくためのサービスに変化していきます。

 

技術は手段。使いやすさや企業内変革につながる付加価値が大事

私達の仕事は、以前のように、自分達で開発したソフトウェアをサーバーに載せて売ればいい、というものではなくなってきています。すなわち、技術自体に価値があるのではなく、お客様である会社の業務全体を知ってその経営や現場の要望をすくい上げ、システムを活用したより創造的な提案をすること、つまり付加価値としてのソリューションの役割の方が重要になってきたのです。


けれど、技術が進化して誰もが手軽にシステムを利用できるようになるからといって、システムエンジニアとしての仕事がなくなるわけではありません。例えば、先ほどのクラウドを法人組織が導入しようとしても、営業担当者と、その上司のマネージャーの利害は違うので、そのままでは使えない。ではどのように導入すれば、クラウドの機能を最大限に生かしてより価値の高い業務プロセスに変革できるか。そういうことを、ITをベースとしてアドバイスできるコーディネーターが、どうしても必要になります。そうなるとシステムエンジニアの仕事は、より高度に、幅広く、深くなります。複数のサービスを組み合わせて新しい仕組みを作り出したり、お客様の状況に合わせて柔軟に考えたりすることが必要になります。こういうことを、例えば仙台と東京でiPadを使って仲間と連絡を取り合いながら次々こなしていくという状況も、遠からずやってくると思いますね。

 

たとえ若くても、現場を知る社員が創造的提案を持って、クライアントに切り込む

そうなると仕事の仕方は、若い社員も含めて、誰もがその場でお客様の要望に対応し判断を下さなければならなくなります。お客様のことを一番わかっているのは現場の人です。お客様の要望に応えての技術の統合、一歩踏み込んだより創造的な提案が求められます。ここでいちいち上にお伺いを立てていたら、時間がかかりすぎてしまいますから、現場への権限委譲が必要です。けれど技術や業務については、当然ある程度は知っているわけですが、一人で全部はカバーできませんから、ノウハウを持つ人に協力を仰ぎ、チームで取り組んでいかざるを得ません。


このようなビジネス環境で求められる能力は何かと言えば、まず厳しい状況に一人で置かれてもたじろがず業務に向かえる力、「前に踏み出す力」です。その上で、お客様の要望に対して技術を統合させ、創造的な解を自ら導く、まさに「考え抜く力」です。さらにコミュニケーション力。「チームで働く力」を活用し、他の人と協力していくことが必要です。つまり「社会人基礎力」の全ての力なのです。

 

人材マネジメントをピラミッド型からマトリクス型へ

このような時代の変化に対応するため、ここ5年ほど、社内の人材マネジメントの仕方を積極的に変えてきました。かつては、大人数のプロジェクトにリーダーがいて、一人のリーダーがプロジェクト全体を見るというピラミッド型のやり方をしていました。お客様との打ち合わせにも2~3人で行き、新人はそこで先輩のやり方を見て仕事を学びました。しかし今は、一つのチームが複数のプロジェクトを抱え、チーム全員が協力して複数のプロジェクトの業務にあたるようになりつつあります。いわば、マトリクス型の組織です。一つ一つの仕事に対しての打ち合わせにも、なるべく一人で行くように変わってきました。かつてのように、先輩が現場作業を通じて上から下へノウハウを伝承するやり方だけに頼るわけにはいきません。


そのために人材育成が重要な鍵を握ります。研修のやり方も変えました。リーダー育成を中心とした研修だけでなく、チーム全体を育て誰もがリーダーシップを取れるようになるための研修に、力を入れるようになりました。

 

ビジョン共有やワークアウト活動で、社員の現場力自律的変革力を高める

現場主導や権限委譲が拡大する中での重要ポイントの一つは、ビジョンの共有です。ビジョンを全員が明確に理解することは、お客様との現場で、自分で判断し決断できるようになることの後押しにもなりました。もう一つ、社員一人ひとりが仕事の無駄などに気付いたら提案し改善していくというワークアウト活動(お客様にとって価値のない仕事を取り除く提案活動。米国GE社が開発)も平成18年から始めました。そして、その結果出てきたさまざまな提案を実行に移したのです。そうしていくうちに、社員一人ひとりが変革に積極的になってきています。


例えばワークアウトから、「お客様の打ち合わせに行く前に、想定議事録を作ってしまおう」という提案が出てきました。ふつう、議事録は打ち合わせの後に作ります。それを事前に作ることで、前に述べたように、若い人が一人でも打ち合わせに行けるようになったのです。行く前に、打ち合わせで出るだろう話題や企画内容の説明など想定して、先輩に見てもらいながら議事録を作ります。そうすると、一人で打ち合わせに臨む自信を持てますし、先輩も任せられるかの判断が付きます。結果、旅費のコストも下がり、またチーム内で仕事の共有化も図られます。このワークアウトの業務改善の方法は、実際お客様の会社に対する提案にも生きています。こういった、ちょっとした成功体験を持つことで、社員それぞれが自ら考えて行動する習慣ができ始めています。当然、業務の効率がよくなり、2年間で残業が約50%減少しました。 


お客様に価値を提供しなくなった仕事やノウハウや作業スタイルを削り、より価値を生む仕事とノウハウと作業スタイルに社員一人ひとりの主体性を重視しながら変革していく。そういうことを自律的かつ継続的に進めることができる組織を目指しています。


つまり、業界の状況変化の中で、業務の仕方や組織のあり方をまず変え、社員に期待する能力も変え、そのために研修も変えてきているのです。平成21年度は厳しい経済状況の中で売り上げは伸び悩みましたが、収益は上がりました。チームが育ち、仕事の共有化と社員一人ひとりの積極性を引き出すという方向に作用したことが、成果へとつながっているのだと思います。

 

「前に踏み出す力」の弱い若者を6ヶ月研修で変える

近年入ってくる新人を見ていると、一人で突っ込んでいくような力が弱まっていることが気になります。協調性はあるのですが、周りの様子を見る傾向が強く、手を挙げて役割を買って出るというタイプが減っていると感じます。それを6ヶ月の新人研修で変えていきます。我が社は、新人は理系6割、文系4割で採用しています。システムの仕事ですから技術的には理系になりますが、技術は研修や仕事をしながらでも覚えられます。私たちの仕事では、お客様である企業で何が起きているかを知り、ニーズを吸い上げられなければいけませんから、技術だけ知っていてもダメで、社員の多様性も重視しているのです。


ですから、研修は大変重視しています。研修では、実際のお客様からの発注と同じ想定でシステム作りを経験させます。そして、事業部長や役員、社長まで参加して、お客様の立場で質問攻めにします。受け身では仕事になりません。一人ひとりがバラバラでもよい結果は出ません。中には、できが悪くて出荷停止となる場合もあります。最後の打ち上げで悔し涙を流す新人も出てきます。このように、組織の中で一人ひとりが考え、協働していくことを通じて、心の中に持っている気持ちを呼びさますことが必要なのです。

 

大学の経営陣にも、危機感を持って共有してほしい

本来こういうことは、大学でもできると思うのです。ですから、大学教育も大胆に見直して、「社会人基礎力」も育ててくれるようにもっと変わってほしいと思います。そのためには、私達企業がそうであったように、まず大学の経営陣にも変革への危機感を持ってほしいと思います。いろいろな改革に取り組まれている事例もうかがっていますが、現実に入社してくる学生の「社会人基礎力」は決して高くありません。社会の求めている能力育成と大学教育のギャップを直視し、変革を加速していただきたい。


企業も大学も、世の中の変化に対して、価値を生まなくなった部分を削り、価値を生むプロセスに変革していくこと。そのサイクルをスピードアップすることが求められていると考えています。ともに連携して、より社会に貢献する人づくりを進めたいと思います。

 

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