「社会人基礎力を育成する授業30選」特別シンポジウム

基調講演「大学教育と社会をつなぐ社会人基礎力とは」

花田光世先生 慶応義塾大学名誉教授 社会人基礎力育成の好事例の普及に関する検討委員会委員長

花田光世先生
花田光世先生

12の能力要素ありきではなく、もっと自分達なりに消化した形で取り込むことが必要

 

今日は、基調講演というよりも、大学でいろいろな授業を考えたり、民間企業との接点を持ったりしているという立場から、私自身が社会人基礎力をどのように考えているかということをお話ししたいと思います。実は、私自身は既に構築された社会人基礎力の定義をあたえられたものとしてとらえ、それを授業の中でいかに正確に実施していくかということにプライオリティを置いているわけではありません。それよりも、より一般的な視点で、社会で必要とされる力とはどのようなもので、それを私達教員がいかにしっかりと授業の中に作り込んでいくのかということに関心があり、本日は、それを皆さんといっしょに考えていきたいと思っております。

 

今回「社会人基礎力30選」の審査をしていて、今後の展開に向けて危機感を感じた点がありました。それは社会人基礎力の12の能力要素が、一人歩きをしてしまって、「社会人基礎力の12の能力要素をきっちりカバーしないと、社会人基礎力をマスターしたことにはならない。だからそれを所与のものとしてとらえ、12の要素をしっかりと授業の中で取り上げる」という考え方がうかがわれる取り組みが増えてきたように感じたことです。社会人基礎力育成の取り組みがある程度動き始めた今、大学や学部・学科の理念や理想に照らして、社会人基礎力を自分達なりに定義し、その実践に向けてプログラムを組み立てるというやり方が、もっとあってもよいのではないかと思います。

 

確かに、様々な授業の内容の工夫がなされており、PBL(Project Based Learning)が浸透して、プログラムにしっかりと組み込まれたものが多く見られました。また、社会人基礎力12の能力要素をコンピテンシーと連動させる形で行動項目として明確化し、学習過程の中でそれぞれのコンピテンシーを行動で評価する仕組みまで作り込む、という傾向が見受けられました。さらに、学科や学部の体系的なカリキュラムの中で、社会人基礎力がどこに位置付けられているかを強調するものが多かったと思います。一人ひとりの学生が、こういったプログラムの中で、どのように動機付けられていくのかということまで言及されているものも多くありました。

 

ただ、それらが大学の個性やユニークさの中で独特な展開をしているかというとそうではなくて、むしろ非常に似通ったものになっている。これはなぜかということを、原点に立ち返って考えなければなりません。つまり社会人基礎力は、ある程度確立したものととらえ、それを一般的なキャリア教育や、PBLの中で取り上げてしまっているが、むしろもっと自分達の中で消化して取り込んでいくべき時期に入っているのではないか、ということです。

 

きれいにアレンジされた場での活動では、社会で通用する力は育てられない

 

さらに、Problem Based でいえば情報や知識といったもの、あるいはProject Basedでの学生の動機付けの獲得場面が、教員の手でプログラムの中にある意味画一的にアレンジされてしまっている傾向に、少し危機感を持ちました。社会人基礎力とは最初にコンピテンシーありき、12の能力要素ありきで、これを手順通り押さえれば学生が予定通り成長するというものではないと思います。評価にしても、それぞれの学生の目に見えない努力をいかに評価するかが重要だと思いますが、これも見えていません。また、学校全体で行うカリキュラムとの関連においても、本当に関連させるというよりはあえて書いてあって、それが学部や学科の宣伝的な位置付けになっている、という例も見られました。

 

授業やプロジェクトが、教員がきれいにアレンジし、地ならしして障害を取り除いた状況で行われるのであれば、学生は自分達が好きなことをやったと思っていても、現実には先生の手のひらの上で踊っているにすぎません。社会人基礎力の育成で重要なのは、コンピテンシーを発揮する時のマインドセットです。自分がどうしてこれをやりたいのか、なぜこれが大事なのか。どうしてこのことに関心を持たなければいけないのか。それらを突き詰めた上で、「だから今ここで仲間とコミュニケーションを取ることが重要なのだ」と気づいていくプロセス・過程が重要と考えます。こういったマインドセットに至る過程をもっと考慮し、大学や学部・学科の特性をしっかり入れ込んで、自分達独自のやり方で展開するいろいろな取り組みが出てきても良いのではないかと思いました。

 

私自身が大学で学生にプロジェクトを実践してもらう時は、地ならしをしたり障害を取り除いたりすることはしないようにしています。テーマ設定から始めて、何をどのようにやっていくかもすべて学生さんに仕切ってもらうようにします。障がいを持った方や高齢者の方に学校に来ていただいてファッションショーをしたり、地雷除去の資金を集めるためにいろいろなイベントをしたり…こういったことを、すべて学生の視点でやりたいことをやりきる支援を行ってきました。

 

一方、私はと言えば、大学の学事や事務、学生部の職員の方に「申し訳ない、すみませんでした」と頭を下げる常連でした。私の担当しているプロジェクトの学生が学生部などの窓口に行くと、中の職員の方々が「こんどは何をしでかすか」とウサギの耳になっている(笑)。花田研究室の学生が、またとんでもないことを思いついて、何かやらかそうとしているのではないか、というわけです。「学生がこれ以上迷惑をかけたら、教室は借りられません」という始末書やら誓約書やらも何度も書かされました。しかし、こういった活動に主体的に取り組む中で、学生は私が何をしろ、と言わなくても何日も大学に泊まり込んで作業をして、困難なことをやり遂げたり、必要な情報やスキルは何かということを学生自身が求めていったりすることができるようになっていきました。

 

今回、多くの大学で社会人基礎力の12の能力要素というものがプログラムの中にあらかじめ織り込まれているのを見ると、これが今後ずっと続いていくようでは、逆に社会人基礎力育成プログラム自体の弊害が起きてしまうかもしれないということを心配しています。

 

簡単な問題解決を欲する学生に、プログラムが迎合してはいけない

 

今の学生の気質を考えてみると、受け身である上に課題を与えられることに慣れており、効率的で簡単な問題解決を志向する傾向があります。社会人基礎力の一番大事なポイントは、遠回りし、苦労し、目に見えないプロセスで汗をかくことですが、学生は速攻即決、苦労する過程を飛ばして何でもネットで解決しようとする。そこで教員が効率的に結果を出すことの支援をするのは、学生に迎合することではないかと思います。

 

私は、社会人基礎力を身につけるというのは、「現実は何とかなる」ということではなく、「現実は何とかなるものではない」ことを学ぶことだと思っています。教員が周到に準備した状況の中で、あらかじめ決められた社会人基礎力を使って結果を出しても、社会に出た時、何の役にも立ちません。むしろ、そのような中で何とかなると思い、自分は社会人基礎力を持っていると思い違いをして現実の問題にぶつかった時のしっぺ返しが怖いと思います。

現実社会は理不尽で、不合理に充ち溢れ、修羅場そのものです。結果が出ないことは当たり前です。しかし、だからと言ってあきらめることは許されないので、何とかしなければならない。そのプロセスを通じて、何かを学びとって成長していかなければならないのです。大学と社会を繋ぐというのは、無菌状態の中でプログラムを学び、何か成果を生み出すということではありません。無菌状態の中で生み出した成果にどれほど価値があるでしょうか。むしろ、現実社会に近い厳しい状況を設定して、擬似体験を持ってもらう。そして教員も学生と学びのプロセスを共有し、支援することができるかどうか。これこそ社会人基礎力が社会に向けた繋ぎとして、非常に重要なことではないか思います。

 

動機付けや気づきをテクニカルなものとして捉え、プログラムとしての精度を高めていけばいくほど、活動は形式化し、社会人基礎力育成の原点がだんだんと失われていく可能性があります。綺麗に組み立てられ、習得すべき能力のチェックがしっかりとできているということは、大学のカリキュラムでは重要かもしれませんが、それによって、本当に学生が理不尽で矛盾だらけの社会に対応できるような力を持てるようになるかどうかは別問題です。今回お話いただく3つの大学のプログラムは、こういった視点から見ると非常に良くできていると思います。

自分で成長し、生き残るための社会人基礎力こそ必要

 

私は企業のお手伝いをする機会が多く、その経験からお話をしたいのですが、今後、若者が社会に出たときに直面する問題点について、企業がどうとらえているかに焦点を当てて考えてみたいと思います。

 

今20台前半の若者が65歳で定年を迎えるのが2055年ですが、人口ピラミッドを見れば、この先若者が30歳、55歳になった時、彼らより上にどれだけたくさんの人がいるか、おわかりいただけると思います。ということは、今の若者は、ずっと下積みであり続ける可能性が高い。しかも、管理職になる可能性を考えると40歳になっても、管理職になれることはない。このような状況で、どのように自分の仕事を作っていくか。従来企業は、きめ細かい階層を用意して、個人がキャリアアップできる環境を維持してきました。しかしこれからは、自分自身で積極的に学び、組織や社会と向き合って自分のキャリアや可能性を拓いていかなければなりません。

このような状況の中で、社会人基礎力育成のプログラムを運営していく時、社会人基礎力は組織が有効に機能するために必要というよりも、若者自身が困難で先行き不透明な社会に向き合い、一歩踏み出していく力であると考え、プログラムにしっかり反映していくことが必要であると思っています。何とかなるという認識を教員サイドで意識付けるのではなく、当事者意識を持って、自分が何とかするという気持ちに向けさせることが、社会人基礎力育成の原点の一つにあると思います。

先ほど、「きれいにまとまったカリキュラム」という話をしました。確かに、初期段階で形式を整えるのは必要であり、重要です。しかし、社会人基礎力の普及は、既にこの形式構築の段階を過ぎ、社会の中で真に能動的・主体的に生きていく学生を育てる場づくりを、カリキュラムにどのように反映させるかという段階に来ています。そのために知恵を広く集めていく段階に来ているとも思います。それは1つの大学や1つのプログラムの中で実現できるものではありません。今回の社会人基礎力を育成する授業30選のような場で、相互に啓発し合う学びの場を作り、内容を高めていくことが大事です。理不尽で厳しい現実社会の状況を想定して、どのようにカリキュラムに取り入れるか。この工夫を議論し、共有することが重要になってきていると思います。多くの皆さまのプログラムの構築と運営にあたっての工夫や知恵を交換する場に「社会人基礎力30選」が活用されることを祈念して、私の講演を終了致します。ご静聴ありがとうございました。

 

 

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