実践力と課題解決力が身につくポートフォリオ活用

“俯瞰・プロセス・対話”が鍵

シンクタンク未来教育ビジョン代表・一級建築士 鈴木敏恵氏

今高校教育改革で注目のeポートフォリオ。ポートフォリオは、もともと建築家やデザイナーなどが自分の能力やセンスを伝える「自己作品集」。一級建築士でありながら、次世代プロジェクト学習、ポートフォリオの第一人者として全国で活躍される鈴木敏恵さんに、教育におけるポートフォリオの可能性についてご紹介いただきました。(河合塾実施「学びを深めるためのポートフォリオ」フォーラムより)

 

「数値化できない評価」を可能とするポートフォリオ

鈴木敏恵氏
鈴木敏恵氏

ポートフォリオとは、もともとは紙ばさみや作品ファイルを意味します。建築家やデザイナー、モデル、カメラマンなど個性や感性、才能などで勝負をし、オリジナル性や創造性が求められる職業の人は、ポートフォリオを持っています。私も次世代の教育を創出するクリエイターであると同時に一級建築士でもありますので、自分のポートフォリオを持っています。ポートフォリオを見ると、その人ならではの魅力やものの見方、感性、才能、持って生まれた資質など、数値化できない個性や能力などが見えます。

 

さて、何を学んできたのか(インプットしてきたか)、どんな知識やスキルを得てきたのか、ではなく、それらを活かし、自分なりの新しい価値を創造できることが求められるのがAI時代です。価値とは、何もすごいアイディアや利益をもたらすことではなく、今まで気づかなかったニーズや課題に応えることです。ポートフォリオやプロジェクト学習はここに応えるもので、ポートフォリオを見れば、その人がこれまで何をして来たか、どんな価値を生み出して来たのかがわかります。

 

AIがより日常に浸透する時代は、これまでの時代の延長ではありません。同じような考えや動き、定型化した仕事や数値化できることは、AIやロボットが得意です。そしてAIやロボットによって将来、より多くの仕事が人間でなくてもできるようになることが見えています。

 

新しい時代に大事なのは、暗記による大量の知識や正解のある学びではなく、創造性に関わる、その人の良さ、才能、ものの捉え方、その多様性などです。AIやロボットは瞬時に情報を共有できますが、その情報は共通するものです。モノやプログラムと違い、私たち人間は二人と同じ存在はありません、皆、完璧に違います。ここが大事で、私は、一人ひとりの感性や才能、オリジナルなものの見方といった多様性こそ、新しい時代の価値創造に意味を持つと考えています。

 

eポートフォリオは何のため

今、高大接続改革のためのポートフォリオが注目されていますが、この背景には、大学が入学者選抜にあたって生徒の多様な能力を評価するために、調査書や志願者本人が記載する資料等の積極的な活用が促されていることがあります。そしてその手段としてポートフォリオが有用と、一気に、特に高校にポートフォリオの導入が広がっています。

 

中でも話題となっているのが、eポートフォリオです。eポートフォリオには優れた点がたくさんありますが、私は、国主導で共通のフォーマットが使われるようになると内容が均一化してしまい、一人ひとりのユニークさが反映されにくく、その人が持つ魅力や人間的な面白さの表現が薄れがちにならないか、評価の観点が均一になってしまう可能性もあるのではないかと懸念しています。ここで大切になるのが学生のそばにいる先生の眼差しです。部活やボランティア、生徒会活動等々以外に、一人ひとりその人に潜んでいるよき特徴をぜひ見出し、言葉や記録で顕在化して欲しいのです。

 

“高大接続にeポートフォリオ”、もいいのですが、ポートフォリオの可能性はむしろその先にあります。未来に継続してポートフォリオを活かし、自ら成長し続ける。自分の学びや経験を自らの意志でポートフォリオへ蓄積し、次の未来への原動力にする。もっと遥かを見て、国や地域を超え、グローバルな視点で知性や感性を共有し合う手段としてワクワクする。そのためのツールとしてeポートフォリオの活用が叶う教育が広がることを願っています。

 

教育の進化:コマンド→ティーチング→対話コーチング

さて、ポートフォリオについて説明する前に、AI、ロボットなどが本格的に普及しつつある現状を踏まえ、教育の変化について見ておきましょう。

 

まず、昔の教育と、現在の教育の一部は、言わば生徒に対するコマンドです。「こうしなさい」「ああしなさい」と教師は命令します。「このリンゴを食べなさい」と言うと、生徒は自分の頭で何も考えずにリンゴを食べるようになります。つまり知識を無理やり覚えろと言っても賢くはならず、従順性だけが身につきます。

 

次の段階がティーチングです。ティーチングは正解があるものを教えるには有効です。

 

「リンゴはビタミンCが豊富だから食べなさい」と教えると、生徒は「わかりました」と食べます。しかし知識やスキルだけであれば、インターネット、AI、ロボットがあれば十分です。これからの人間に必要なのは、AIやロボットができないことをする力です。それは「未来のビジョンを描く力」と、正解のない問題に対して、「目の前の現実を見てもっとよくするための課題発見力」、新しい価値ある創造に向けた「目的、目標を自ら決定することができる力」です。何のために(目的)、何をやりとげたいのか(目標)を自ら胸に持っていれば、セルフコーチングの拠り所ともなります。自らを客観的に見ることができる、この姿勢こそ謙虚に学び続ける力に通じます。

 

教育が最終的に目指すのは、メタ認知能力に加え、セルフコーチング、すなわち自分で自分に問い、マネジメントして成長していける人を育成することと言えるでしょう。

 

教師は、生徒から「どんな本を読んだらいいですか」と質問されたら、「この本を読みなさい」と言いたい気持ちをぐっと抑えて、「何のために?」と問うことで、その生徒は自ら、自分のビジョンとゴールを考えることとなります。

 

ポートフォリオの本質

ポートフォリオは、その人がこれまでにやってきたこと、学習歴や活動歴などを一元化“するもの” “すること”です。知や情報の一元化こそポートフォリオの本質と言えるでしょう。

 

知や情報は、ばらばらに存在するだけでは意味や価値を持ちません。一つに時系列で俯瞰できればこそ知識と知識の、その知識とこのデータとの意味ある関連や関係が見えます。考えるとは情報と情報を、知識と知識を関連づけたり比較したり瞬時にしている行為とも言えます。 価値あるものを見出すためにポートフォリオを俯瞰することは、考える行為そのものと言えます。

 

ポートフォリオの本質3つの種類と目的

ポートフォリオには、パーソナルポートフォリオ、テーマポートフォリオ、ライフポートフォリオの3つのポートフォリオがあります。パーソナルポートフォリオは、テーマポートフォリオとライフポートフォリオを包括します。今回高大接続の文脈で注目されるポートフォリオは、このパーソナルポートフォリオ(キャリアポートフォリオ)です。課題解決学習やプロジェクト学習に使われるのは、テーマポートフォリオです。

ポートフォリオがアルバムや資料ファイルと大きく異なるところは、何のために何をするのかという、ビジョンとゴールが明確であるところです。そしてビジョンとゴールを持ってスタートするのがプロジェクトです。例えば建築のプロジェクトは、ビジョンやゴールなしに「とりあえず土を掘ってみよう」などということはありません。特に大事なのが、何のためにという目的です。

 

『元ポートフォリオ』を再構築して『凝縮ポートフォリオ』を生む

プロジェクト学習とポートフォリオは不可分です。プロジェクト学習とは、学習者自身がビジョンとゴールを明確にして向かう学びです。ポートフォリオには、そのゴールに向かう軌跡を入れていきます。ゴールシート、工程表、情報、アイデアメモ、写真、自己評価、データや記録など、自分が考えたプロジェクトのビジョン、ゴールに関係するものを時系列に入れいきます。これが「元ポートフォリオ」です。

「新しい価値を創造できる力」を叶えるプロジェクト学習

プロジェクト学習の最後に、元ポートフォリオに入っている情報などを俯瞰して再構築した知の成果物(アウトカム)、「凝縮ポートフォリオ」を生み出します。私がデザインし、20年ほど前から提唱している「次世代プロジェクト学習」の最大の特徴とも言えるのが、学習のゴールを「他者に役立つ知の成果物」としていることです。目の前の現実から課題を見出し、その課題解決を具体的に実行できる行動提案が「凝縮ポートフォリオ」です。ですから「凝縮ポートフォリオ」は “まとめ”ではありません。「こうすれば現実に課題解決に近づけますよ!」という極めてリアルな提案です。「凝縮ポートフォリオ」には、確かなデータや情報を添えた[現状][ありたい状態][課題][具体的な課題解決策]がその思考プロセスを追える展開で表現されています。

 

ポートフォリオでプロセスを評価する

「次世代プロジェクト学習」では、現実に実行することができる提案をするために、3つのタスクを重要としています。学習者は、必ず「データ」「現地」「人」の3つから生きた情報を自ら手に入れポートフォリオへ入れていきます。ですから「元ポートフォリオ」をはじめから追えば、その学習者の課題発見から課題解決に至るプロセスが見えます。教師はポートフォリオを見ながら根拠ある進捗、あるいは抜かしていることなどをつぶさに見ることができます。ポートフォリオがあることで、学習者と対話(インタラクティブコーチング)を戦略的、積極的に行い、そのプロセスを通して、学習者の知的な気づきを促すことが叶います。学習の結果だけ見て、できている、できていないという従来の評価はここにはありません。結果だけ見て評価するのであれば、成長へ繋げることはできません。結果ではなくプロセスを評価するという新しい評価を、ポートフォリオが叶えます。

 

プロジェクト学習には、プロジェクト遂行以外に、生徒のジェネリック・スキルを育成する狙いがあります。生徒の主体性を育成するために、地域防災に関する課題発見・解決型のプロジェクト学習を行うとします。しかし「主体性を持て」と言うだけで主体性を持つ生徒はいません。ところが特に若い人は、「自分のためにやれ」というよりも、「あなたたちの取り組みがお年寄りを助けるかもしれない」というように他者の役に立つようなゴールを設定するとモチベーションが高まり、パフォーマンスが研ぎ澄まされます。

 

目的(何のために)と目標(何をやり遂げたいのか)

プロジェクト学習を行うにあたって最も重要なのは「ビジョン(目的)とゴール(目標)」を明確化することです。プロジェクト全体のゴールは、「〇〇地域の○○の課題解決策を具体的に提案する」というように、何をしたいのかがわかるものにします。チーム(あるいは個人)が目指すゴールは、単に「地域の課題解決を提案する」というだけだと、拡散して果てしない学習になってしまいます。地域の何を解決したいのか、地域の誰のためにするのかなど、目的やターゲットを明確にすることが重要です。

 

ビジョン、ゴールが散漫なままだと、途中で「テーマを変えていいですか」というグループが出てきて、元ポートフォリオにも、情報が果てしなく入ってしまいます。向かうゴールが明確であれば、元ポートフォリオには必要な情報しか入りません。ビジョン、ゴールを「ゴールシート」に書き、ポートフォリオの冒頭に入れるところから、プロジェクト学習はスタートします。

 

ゴールシートDL

https://bit.ly/2MQ4Dhw

 

「課題解決力」が身につくポートフォリオ活用

課題発見力も、「課題発見しましょう」と言うだけでは身につきません。目の前の現実から課題を発見するためには、目的に関する視点を無意識から意識化する必要があります。目的の対象を意識に上らせる必要があるのです。例えば、高齢者の避難に関する課題は、地域の防災対策や街の様子を見ながら、「お年寄りにとってどうかな?」「この段差は大丈夫なのかな?」と意識に上らせることで、初めて見えてくることがたくさんあります。

 

そのために2週間などある程度期間を設け、気づいたことのメモ、写真などをポートフォリオに入れてくるように言います。テーマが防災であれば、道を歩いていて危ないと思った箇所などをメモしたり写真に撮ったりすることでしょう。とにかく頭の中にセンサーとなるキーワードを入れておいて、センサーにひっかかったものを、ポートフォリオに入れます。

 

そして元ポートフォリオの中身を検討して「課題を発見」しますが、ここでは、課題とは何かを生徒に教えることが大切です。

 

課題とは、「ありたい状態(描いたビジョンや目標)」と「現実」とのギャップにあります。地域の防災や避難を題材にしたプロジェクト学習であれば、お年寄りや外国の人も安全に避難できるようにしたいというのが「ありたい状態」でしょう。しかし現状を見ると、外国語の観光マップはあるけれど避難マップはないといった課題が浮かび上がります。

 

プロジェクト学習「基本フェーズ」「身につく力」と「対話コーチング」

プロジェクト学習には、課題発見からゴールに至るまでの一連の基本フェーズ(目標へ至るまでの基本的な段階)があります。そしてフェーズごとに「身につく力」があり、そこに対応する対話コーチングがあります。以下の図「次世代プロジェクト学習で『身につく力』と『対話コーチング』参照にしてください。

 

 

例えば「準備」のフェーズでは、課題発見力を育成することができます。対話コーチングとしては「今はどうなの?」などがあります。「ビジョン・ゴール」のフェーズでは、課題をもとに目的と目標を明確に考えます、ここで目標設定力が身につきます。コーチングとしては「どうなったらいいと思う?」、計画段階では計画力を育成するために「そのためにすべきことは何?」「使える時間は何時間あるの?」といった言葉が考えられるでしょう。また、「プレゼンテーション」のフェーズではコミュニケーション力を育成しますが、このとき、相手の気持ちに立って伝えることができるといったような、表層的でないコミュニケーションスキルを育成することが大切です。

 

ポートフォリオを広げながら、学習者との対話を通して、プロセスを大切に、プロジェクト学習を進めていただきたいと思います。

 

 ポートフォリオ8つの機能を活かしていますか?

ポートフォリオをせっかく作成しているのに、活用していないケースが多々見受けられます。それはポートフォリオの機能を把握していないからだと思います。ポートフォリオには、(1)意識化 (2)一元化 (3)俯瞰 (4)顕在化 (5)価値化 (6)行動化 (7)フィードバック (8)ストーリー化 の8つの機能があります。以下の図を参考に自分たちがどの機能まで活かしているか考えてみてください。例えば、ゴールを明確にできていれば、(1)の意識化に使えていることになります。(2)情報の一元化までは概ねできていますが、(3)の全体と部分の関係の俯瞰や、(4)のテキスト化しづらい暗黙知や人間的な機微、それ以降のまだ活用していないところも多くあります。

 

ポートフォリオで育成する普遍的な力

ポートフォリオを活かすことで、次のような、新しい時代に求められる能力や知的スキル、コンピテンシーを身につけることができます。

 

 

建築に例えると、(1)は、建物には柱や梁などの構造があり、木材や鉄筋など構造を作る材料があります。鉄筋も目的に応じた配筋があります。そしてそれぞれの構造が担う機能と材料の特性を理解した上で、知識を再構築してどこにどの材料を使うかを決めます。

 

ポートフォリオで根拠あるリフレクション

 

どの要素も、成長のためには自己評価や、他者や先生との対話を通して、根拠あるリフレクション(内省・内観)をすることが大事です。

 

教師に求められるのはここでもコーチングで、「そのときどんな心の状態だった?」「そのときの状況を教えてくれる?」「その前は何を考えていたんだっけ?」「その後はどんな感情だった?」「そのときどんな対応がほかに考えられる?」「同じような状況になったら、今ならどうできると思う?」「それをするために何が必要?」などと問いかけます。

 

違った見方でポートフォリオを見る:リフレーミング

 

「同じような状況になったら、今ならどうできると思う?」という問いかけは、リスク管理につながりますし、「それをするために何が必要?」という問いかけから、フィールドワークに行くなら大人にあいさつする礼儀が必要であると気づくなど、生徒は自分で成長していくことができます。

 

ルーブリックもポートフォリオもプロジェクト学習も、手段にすぎません。一番大切なのは、与えられた学びでなく“意志ある学び”という凛とした姿勢、生き方を自ら選択できる人を育むことと言えるでしょう。

 

ポートフォリオは、進路選択(自己理解)、入学面接、採用面接、そして就職した後は新人研修、目標管理、企画・立案、リスクマネジメント、キャリアチェンジ、自己研鑽など、人生のさまざまなプロジェクト場面で活用することができます。

 

以上のようなポートフォリオの活かし方を理解し、学習者の今と未来へ役立つポートフォリオを実現していただければと思います。

 

なお、詳しくは拙著『AI時代の教育と評価—意志ある学びをかなえるプロジェクト学習 ポートフォリオ 対話コーチング』(教育出版/2017/¥3,024)、『プロジェクト学習の基本と手法—課題解決力と論理的思考力が身につく』(教育出版/2012/¥2,484)をご覧ください。

 

*ここで使用した図表(=ポートフォリオフォーラムにて配布資料)は以下よりDLできます。

http://suzuki-toshie.net/

 

【プロフィール】

シンクタンク未来教育ビジョン 代表 鈴木 敏恵

 

一級建築士・未来教育クリエータ。公職歴:内閣府中央防災会議専門委員・千葉大学教育学部特命教授・東北大学非常勤講師・次世代IT未来型教育研究開発委員(文科省・総務省)他。日本計画行政学会特別賞受賞。著作「ポートフォリオで評価革命」「AI時代の教育と評価―プロジェクト学習」他

 

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