「理工系人材育成に関する産学官円卓会議」報告

イノベーション創出につながる理工系人材について

秋山咲恵氏 株式会社サキコーポレーション 代表取締役社長

(第3回「理工系人材育成に関する産学官円卓会議」より)

今般、「理工系人材育成戦略」が策定され、その中で、理工系人材に活躍が期待されることが明確になっております。「1.新しい価値の創造及び技術革新(イノベーション)」「2.起業、新規事業化」「3.産業基盤を支える技術の維持発展」「4.第三次産業を含む多様な業界での力量発揮」の4つです。

 

ここでは、実体験から得られた現実的な課題について、私自身が起業を通じて実際に体験した中での問題意識を踏まえつつ、お話しさせていただきます。

 

海外での理工系人材獲得へのシフト

 

私が起業しましたのは、20年前のことです。数多くの企業や大学の研究室の科学者・技術者の多くの研究の中から、製品やサービスという形で価値あるものとして、一般の皆さんの手に届けられるものがあまりにも少ないのではないか。そういった思いを持ったのがきっかけです。

 

当社の、マシンビジョンを使った、特に電子部品系の自動検査装置は、世界中に累積で8000台以上、50カ国以上に納められております。まったくのゼロから、しかも、一人のエンジニアと一人のマネジメント、たった二人で始めた会社が、ここまで来る最初のきっかけをいただいたのはソニー様でした。ソニーのウォークマンの基幹工場が当社の最初のお客様だったのです。

 

ソニーのウォークマンというのは、その当時、世界最小・最軽量のものづくりとされていましたが、それゆえ、量産現場では大変なご苦労をされていました。その中の一つに検査技術がありました。微細化・高密度実装の電子部品の品質管理をどのように行うかと。それに対応できる設備が、既存の大手企業が提供しているものの中になかったため、新規創業にもかかわらず、当社の設備をご導入いただき、その後本格展開をしていただけることになったのです。

 

そういうことから始まった当社のビジネスですが、事業のグローバル化の進展に伴い、海外での理工系人材の獲得が進んでいます。国内の本社人材としても、中国、韓国、フランス、香港人もおりますし、海外におきましては、中国、台湾、韓国、ドイツ、チェコ、アメリカ、メキシコ、ブラジル、シンガポール、タイ、インドネシア、マレーシアの12カ国で、エンジニアを採用しています。

 

実は、ウォークマンの最初の工場は埼玉だったのですが、1990年代後半いよいよ量産となったときに、マレーシアの工場での納入となりました。つまり、自分たちが好むと好まざるにかかわらず、海外に出て行かざるを得なかった。そこで、現地で活躍するエンジニアも必要になりますし、製品開発する日本のエンジニアも必要になってきたわけです。

 

ところが、ご存じのように、国内では理工系人材の労働市場における流動性が非常に低いのです。ですから、当社のようなベンチャー企業、あるいは中小企業での中途採用というのは本当に難しいのです。また、実際のビジネスの現場が海外にあり、英語での業務に耐えうる理工系人材を求めようとすると、これも非常に母集団が小さいという課題も抱えております。

 

一方で、海外で採用した技術者というのは、母国語が英語でない国の出身者であっても、大学を出たての若手のエンジニアでも、最初から英語でビジネスができたりするのです。話を聞いてみると、大学の専門科目の講義が一部英語で行われている大学も海外にはたくさんあり、そういうことなどから、英語で、世界中から情報を集めたり、世界中に情報が発信したりできる。世界市場を狙った価値創造ということを考えるときには、そのような優位性が海外の理工系人材に認められるというのが、私が経験しているところです。

 

そういう意味では、実は理工系人材は国内のみならず、海外からも獲得するという選択肢があるのが現実であります。一方で日本は人口減少などによって、母集団が小さくなっていく中では、理工系人材の育成に関して、どのような人材を育成していくかという目標設定に、世界基準というものを強く意識する必要があると思っています。

 

 

博士課程における実用研究

 

理工系人材に関して、日本と海外のギャップを実感することがたくさんあるのですが、その中の一つは、日本では博士号を持つ人材の企業内での活躍がまだまだ少ないということです。文部科学省のデータによると、企業の管理職層における人材の最終学歴を見てみると、アメリカと比べて日本は明らかに、マスターだけでなく、ドクターを持っている人の比率が非常に低いということが出ています。

 

現場の感覚では、特に企業における研究開発のロードマップ、あるいは新規事業やそれに対する投資など技術革新に関わる部署で重要な意思決定を担うポジションでの、ドクター人材の活躍が非常に少ないと感じております。若い人たちが、将来の自分のキャリアをイメージするときに、「博士号を持っていると、企業でこんなポジションでこんなふうに活躍しているんだ」というイメージを持つことが難しいということも影響しているのではないかと思います。

 

事業の現場では、年々技術革新のスピードが年々早くなっているということを、肌身に染みて感じているところです。5年前の技術はすぐに陳腐化してしまいます。そのためにはさらに新しいアイデアを発明するか、あるいは、違う分野の技術を組み合わせることによって新しいイノベーションを起こして価値を創造する。こういったことが競争の一つの核心部分になってきます。

 

そういう中で、実際に私自身が一緒に仕事をしている博士号を持つ人材の強みといいますのは、まず、新しい技術が出てきた、あるいは必要になったときに、そういうものを習得して、解釈して、さらにそこに独自性を付け加えて実証するという能力に優れたものがあるということです。ところが、同じ博士号を持つ人材でも、海外の人材と比べると、日本の人材は、どうもその優れた能力の発揮分野を自身の専門分野に限定してしまう傾向が強いように感じております。これは、実際に採用面接の場などでも強く感じられます。採用する側からすれば、「私はこの分野でしかやりませんよ」というようなニュアンスでお話をされる方と、「私はこういう専門がありますけれども、こういうことをずっとやってきましたので、それはある意味、応用が利く、活躍できると思います」と言ってくださる人材であれば、やはりどうしても後者の人材を採用したいと思うというのが実態です。

 

この点に関して申し上げたいのは、博士課程における実用研究というものをもう少し増やしていただきたいということです。新しい技術を習得して、解釈して、そこに独自性を付加して、それをさらに実証するという、一貫したプロセスがあってはじめて、いろんなものが実際の社会の役に立つ価値として実現されると思われます。それを実現する能力を、実用研究までの一貫性を持って習得できれば、専門性そのものが独自性の発揮というところにダイレクトにつながってくると、私自身は思っています。

 

実用研究にもう少し力を入れることは、企業にとっては博士号人材を付加価値の高い人材として積極的に採用することにもなりますし、優秀な学生が博士課程に進学するモチベーションになるとも思います。また、企業で活躍する研究者や技術者が、大学に戻って研究としてそれを体系化して、博士号を取得するということもより容易になりますし、そういう人材が増えてくれば、産学連携プロジェクトの増加にもつながるといったことが期待できると、私は信じております。

 

イノベーション創出につながる理工系人材の充実に向けては、大学研究室における実用研究に対する評価や、予算の見直しによる強化もぜひご検討をいただきたいと思います。

 

運営:リベルタス・コンサルティング

 (協力:河合塾)

 

 

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