就職で、大学の学業が評価される時代がやってくる!

本来の大学教育と就職活動のあり方とは

NPO法人DSS代表 株式会社大学成績センター代表取締役

辻太一朗氏

 

高校生は、大学で学びたいことや、将来就きたい職業を考えて学部・学科を選択します。しかし大学に入学すると、学業をおろそかにし、サークル活動やアルバイトなど学業外の活動に力を入れ、そしてその経験が就職時に評価されるというケースがあることも事実です。

 

果たしてこれが、正常な大学教育と採用選考の状態なのか。辻太一朗氏はそんな問題意識から、NPO法人「大学教育と就職活動のねじれを直し、大学生の就業力を向上させる会(DSS)」を設立しました。

 

そして、このねじれを直すには、企業が採用者選考にあたって大学の履修履歴を活用することが有効と考え、DSSとは別に株式会社大学成績センターを設立。学生が登録した履修履歴を企業に提供するサービスを始めました。辻氏に、現状と今後の展望について話を伺いました。

 

大学教育と就職活動のねじれ解消を目指し

NPO法人を設立

 

——NPO法人DSSを設立した目的をお教えください。

 

現在、日本の大学生、特に文系の学生は「世界で最も勉強しない大学生」という不名誉な評価を社会から与えられています。

 

しかし私は、これは、学生や大学の教育が悪いからではなく、企業が新卒採用、特に文系の学生を採用するにあたって、サークル活動やアルバイトといった、学業外の活動を通して、どんな力を身につけたかを重視しているためだと思います。

 

企業が学業を評価しないから、日本の大学生は学業をおろそかにし、簡単に単位が取れる授業が人気になります。すると企業はますます大学の教育と成績評価を信頼しなくなり、採用にあたって学業を重視しなくなります。

 

そうは言っても、全ての大学生は、卒業要件の124単位以上を取得するという共通のルールのもとで大学生活を送っており、学業に多くの時間を費やしています。ですから、履修履歴には、学業外の活動からだけでは見えない、学生の考え方や行動傾向、素養が隠されています。

 

そこで、大学教育と就職活動のねじれと悪循環を解消するために、私が有効だと考えたのが、企業が履修履歴を活用した採用面接をすることです。

 

採用面接で学業について質問されるのであれば、学生は学業に力を入れるようになります。「どのような授業に力を入れたのか。それはどうしてか」とか、「どのような授業の選択の仕方をしたのか」などと質問されて答えることができるような、良い授業、厳正に評価される授業を履修しようと考えるようになります。

 

これは大学にとっても歓迎することでしょう。良い授業をして学生を厳正に評価することで企業からの信頼が高まることは、大学にとって意義あることです。

 

こうした社会の実現を目指して、私は、学生の履修行動と企業の採用活動を変え、大学の授業と評価の改善につなげたいと考え、NPO法人「大学教育と就職活動のねじれを直し、大学生の就業力を向上させる会(DSS)」を設立しました。

 

 

履修履歴を用いた面接からわかる、

学業外の活動の評価とは異なる学生の資質

 

——学業外の活動からだけでは見えない、履修履歴を利用して質問することで見えるものとは何ですか。

 

まず、サークル活動やアルバイトなど学業外の活動に対する質問からは「やりたいことに対する資質」「意欲ある活動に対する行動」「行動力、推進力、巻き込み力」「本人が強みだと感じている資質」「事前に準備しているエピソード」「自分の感情を表現する力」などを見ることができます。

 

これに対し、学業に対する質問からは「やらなくてはならないことに対する資質」「仕方なく努力する活動に対する行動」「責任感、許容力、セルフモチベーション力」「本人が強みだと感じていない資質」「事前に準備することができないエピソード」「物事を俯瞰して捉える力」などを見ることができます。

 

「学生時代に力を入れたことは何ですか」といった想定できる質問に対しては、学生は、予めエピソードを用意して脚色し、話し方も練習してきているため、面接の場では、プレゼンテーションをするように話し、どの学生の話も大差なくなります。

 

一方、履修履歴を使った面接は、どこを質問されるかわからないため事前に答えを準備することができず、履修履歴というエビデンスを前にして、考えながら自分の言葉で回答します。企業は、これによって、学生の素の姿を見ることができます。また、学生自身、面接者との対話の中で自分が考えていなかった強みを発見することもあります。

 

——例えばどのようなことですか。

 

下の動画は、学生に履修履歴を使った模擬面接をした時のものです。前半は、学業外で力を入れたことについて聞いたもので、学生は軽音楽サークルでの活動について話しています。後半が履修履歴を使って質問したものです。履修履歴を見て、質問すると、統計の授業を頑張って勉強したことがわかりました。また、証券投資論の授業の成績も良いのでどのような内容の科目かを質問すると、これも単位をとるのが難しい数学的な内容であることがわかりました。(統計学も証券投資論も履修履歴データベースを利用していると成績評価にバラつきがあって、最高評価がついている学生は30%以下しかいないことが確認されています。)このことから、この学生は、文系だけれど数学に強く、難しいものにも熱心に取り組む力を持っていることがわかりました。

 

——成績については、同じ名前の科目でも、大学を横断して成績を比較することはできないのでありませんか。

 

その通りです。ですから私が勧めているのは成績の善し悪しで学生を評価することではなく、あくまでも履修履歴の活用です。履修履歴から「なぜこの科目を履修したのですか」「この中で一番力を入れた科目は何ですか」「この授業はどんな内容でしたか」「全体の成績は良いのにこの科目の成績が悪いのはなぜですか」などと質問し、対話を通して学生の学びに対する姿勢や、本人が自主的にアピールしないような資質を発見するということです。

 

履修履歴のデータベース化で

多様な学部からの採用が可能に

 

——履修履歴の活用に、DSSはどのようにかかわっているのですか。また、学生はどのように履修履歴を登録するのですか。

 

DSSとは別に株式会社大学成績センターを設立し、学生に履修履歴を登録してもらってデータベース化し、企業にデータを提供しています。株式会社を設立したのは、そのほうが企業との契約がスムーズだという理由です。

 

どのようなサービスかと言いますと、例えば、A社が採用にエントリーする学生に履修履歴の提出を課す場合、個別に提出させるのではなく、当社に委託し、学生には当社のフォーマットに履修履歴を記入させて、当社のシステムを通して履修履歴を送ることを応募の条件にするというものです。SPIなどの適性検査を外部に依頼して学生に受験を課し、企業はその結果を採用に利用するのと同じ仕組みと言えばわかりやすいでしょうか。

 

学生は、一度当社のシステムに登録すれば、当社と契約した別の会社にエントリーする場合も履修履歴をそのまま送ることができます。つまり学生にとっては履修履歴の無料の保管場所となるわけです。

 

当社としては、データを送信する学生の人数に応じて、企業から料金をいただくというビジネスモデルです。現在、エントリーする学生全員に履修履歴の提出を課している企業もあれば、二次面接まで進んだ学生に対して義務づけている企業もあるなど、活用法は様々です。

 

——企業が個別に履修履歴を提出させるのではなく、御社のシステムを活用するメリットは何ですか。

 

まず、個別に提出されると大学ごとに異なるフォーマットの履修履歴が届くことになりますが、当社に委託すれば同じフォーマットで履修履歴を取得することができます。履修履歴はデータ化されていますので、企業は、特定職種で必要な科目を履修しているかどうかチェックしたり、単位取得状況をチェックしたり、一定以上の評価の学生を抽出したり、大学のGPA(※)上位10%の学生を抽出したりと、様々に活用することができます。さらに、応募者や合格者と、大学や学部の単位取得状況や成績を比較すれば、次年度の採用に活かすことができます。

 

(※GPA:学生が履修した全部科目の平均を数値で表したもの。算出方法は大学によって異なるので、単純に比較することはできない)

 

 

入社後も、あるプロジェクトに「統計がわかるメンバーを入れたい」「会計に詳しいメンバーを入れたい」というときに、履修履歴から候補者を探せるといったメリットもあるでしょう。

 

なお、成績がAばかりなど偏っておらず適度なばらつきがあるほうが「評価が厳正である可能性が高い」との考えから、現在、これまで蓄積された履修履歴の全データをもとに、成績が分散している科目に印をつけています。

 

成績については、企業からは、異なる大学の成績は比較できないため共通のGPAを導入してほしいという声も寄せられます。しかし、新しい指標を入れれば、その分、別のバイアスがかかり、いたずらに大学を序列化することにもつながってしまいます。ですから当社では「参考」として成績評価のばらつきを示す印以外、独自の指標は一切入れずに履修履歴を提供しています。

 

——採用に履修履歴が活用されるようになることで、ほかに期待していることはありますか。

 

現在の大卒者の採用募集は、文系の総合職は学部・学科はあまり関係ありませんし、理系は学部・学科単位です。履修履歴を活用することで、今後、ダブル専攻とまでいかなくても、科目単位で応募できる企業が広がるといった動きがあると良いと思います。

 

例えば、工学部の電気・電子工学科ではなくても、電子工学について学んだ人は応募できるとか、情報工学科でなくても、情報技術の授業を履修した人は応募できるといったことです。この結果、企業は幅広い学部・学科から、採用したい人材を採用できるようになり、学生も応募できる企業の幅が広がるというメリットが生じるでしょう。

 

 

履修履歴と成績のデータが蓄積されることで

大学の評価の信頼性が明らかになり、教育改革につながる

 

——現在、どれくらいの企業が大学成績センターを経由した履修履歴を活用していますか。

当社が履修履歴のデータ化の事業を始めたのは2014年からで、今年で3年目になります。今年は、170社に活用していただき、その結果登録した学生は現在までで約10万人です。来年は400〜500社に活用していただけそうですので、登録する学生は20〜30万人になると思います。現在、例えば就職活動のためにリクナビに登録する大学4年生は30何万人だと思いますので、同じ規模の学生が、当社に履修履歴を登録することになります。

 

2015年2月に、文部科学省が事務局となり、国立大学協会、公立大学協会、日本私立大学団体連合会等の高等教育8団体で構成される「就職問題懇談会」が、企業に採用選考活動においては、少なくとも卒業・修了前年度までの学業成果(成績や履修履歴等)を採用面接において活用するなど適切に評価していただきたいとの要望を出しています。そして同年12月には、日本経済団体連合会が、「採用選考に関する指針」の手引きで、選考活動においては、「大学等の履修履歴(成績証明書等)について一層の活用をすることを検討することが望ましい」と提言しています。ですから、現在、採用面接において履修履歴を活用することは社会的な要請となっています。

 

ただし、履修履歴が十分に活用されているとは言えません。文部科学省が毎年企業と大学に対して実施している「就職・採用活動に関する調査」で、「成績や履修履歴を学生評価で重視しているか」という質問をしています。平成28年度は、企業は「大いに重視している」「ある程度重視している」が53.9%なのに対し、大学は40.8%、「成績を活用した面接を実施したか否か」は57.9%の企業が「実施した」と回答しているのに対し、大学は「多くの企業で行われている」が17.2%、「少しの企業で行われている」が39.4%と、両者に開きがあります。また当社がある大学に対して行った調査でも、「面接で履修暦を活用して質問された」という場合でも、「卒業できそうか」程度で、学んだ内容に踏み込んだ質問をする企業はまだ少ない状況です。

 

とはいえ履修履歴のデータベースが広がり、活用の仕方やその有効性が浸透すれば、企業が採用の際に履修科目をチェックするのが当たり前の時代になることでしょう。

 

——それにしても、来年には30万人分の履修履歴のデータベースが出来上がるとは、すごいですね。

 

実は、これがこの事業の大きな狙いの1つで、私は、大学の履修履歴のデータベースを「社会のインフラ」にしようと考えています。

 

そして履修履歴のデータベースがインフラであるからには、大学成績センターでは、データを活用した事業を独自に展開して、収益を上げることはしないことを宣言しています。

 

また、貴重なデータをどこか1社が独占することがないように、社会的に有効な活動をする団体に対し、個人情報などを除いてデータを無償提供することにしています。

 

——社会的には、どのような意義がありますか。

 

登録する学生が増えれば日本中の大学の全科目と、その科目で何人がどんな評価をされたかがデータベース化されることになります。そしてデータが蓄積されればされるほど、どの大学、どの学部がどのような評価をしているかが明らかになります。ほとんどの学生がAであるなど、評価にばらつきのない科目が多い大学や学部があれば、それは、大学や学部として、評価がいい加減であると言えます。これが明らかになると企業から信頼されなくなりますから、大学は学生の成績を厳正に評価するようになります。

 

実際にいくつかの大学からは、FD(※)を推し進めるよりも、企業が採用で大学の授業内容や成績評価を重視するほうが、授業の質向上や厳正な評価につながるとの考えから、この取り組みを早く推し進めてほしいとの声もいただいています。

 

(※FD:Faculty Development 授業内容や方法を改善するための、大学の組織的な取り組み)

 

※本ページは、経済産業省「平成28年度産業技術調査事業(理工系人材を中心とする産業人材に求められる専門知識分野と大学等における教育の状況に関する実態調査)」における、理工系や情報系等の学問分野や産業分野の魅力の発信や教育関係者に対する教育支援・促進なども目的に制作されています。

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