「理工系人材育成に関する産学官円卓会議」報告

日本版 Industrial PhD 制度(仮称)創設の提言


福田 喬先生 (一社)スーパー連携大学院コンソーシアム 副会長
/国立大学法人電気通信大学 学長
(第4回「理工系人材育成に関する産学官円卓会議」より)

本日は、私たちが考えている日本版Industrial Ph.D制度の創設を提言させていただきます。

日本における博士育成の課題と問題点については、すでに多くの指摘がなされております。例えば、中央教育審議会答申(平成23年1月)「グローバル化社会の大学院教育」の中で、博士学位が示す能力やその保証が未確立であるという問題、その教育指導自体が、例えば担当教員の研究室で閉じているきらいがあるといった課題。さらに、大学と産業界での間で、人材育成に関する共通認識が十分ではない。学生にとっては博士取得までのプロセスや経済負担、キャリアパスに関する十分な見通しを描くことができない、などが指摘されています。産業界からも、経団連からは、産業界側と大学側の博士人材像のミスマッチが、ずいぶん以前より指摘されています。

これらの問題点等の解決方策として、第3回円卓会議における指摘から、いくつか挙げさせていただきますと、秋山委員からは実用研究の推奨、特に、大学における実用研究に対する評価や予算などの強化策の必要性を指摘されておられます。藤嶋委員や横倉委員からは、共に企業との共同研究の推進を挙げておられます。いずれも、私どもが今回、日本版Industrial Ph.D制度として提言要望を行いたいと思うに至った考え方と、通じているものであると考えます。


※秋山咲恵委員:株式会社サキコーポレーション代表取締役社長
※藤嶋昭委員:東京理科大学学長(日本私立大学団体連合会)
※横倉隆委員:株式会社トプコン特別アドバイザー(東京商工会議所)

私たちの認識では、日本における博士人材に欠けているのは、専門分野や活躍分野における多様性だと考えています。経済社会の構造が大きく変わりつつある変革の時代においては、従来の専門分野にはとらわれない新しい分野開拓能力を有する博士人材が必要ですし、アカデミア以外の分野、企業や官公庁で活躍する博士人材や、自ら起業して新しいベンチャーを興すようなチャレンジ精神のある博士人材が必要とされております。そしてこれらの博士人材の育成は、大学のみで完結させるのは非常に困難であり、産学連携のスキームが必要不可欠だと思います。


2011年のNature誌に“The future of the Ph.D”という表題の特集が出ておりました。博士人材の育成について、「今のままでPh.Dは本当に価値があるのか」、「改革なくば閉鎖を」と、非常に激しい論調の論文がいくつか掲載され、非常に強い危機感が述べられている特集でした。このような議論を経て、欧米、特にヨーロッパでは、いわゆるアカデミア博士とは異なる、アカデミア分野以外で活躍する博士=Industrial Ph.Dの育成システムの整備が進められて、今に至っているようです。


欧米諸国のIndustrial Ph.Dシステムは、いずれも、企業と協力して行う学位研究を必須とし、学生は当該企業に雇用されるかそれに近い形の経済支援を受けている、ということが共通点として挙げられます。

日本版Industrial Ph.D制度に関する提言についてご説明いたします。私どもは、大変革の時代を迎えようとしている今、産学協同研究型の学位研究と、産学連携による人材育成の両輪駆動によって生まれる博士人材が社会のイノベーションを先導していくという理念のもとで、日本版Industrial Ph.D制度を進めております。

私どものスーパー連携大学院を例に紹介します。ここでは、企業・大学・行政等がイコールパートナーシップのもとで共同運営する、「スーパー連携大学院コンソーシアム」を形成しています。現在は、6大学、十数企業が参加しています。「修士・博士一貫の教育プログラム」と「産学共同研究型の学位研究」の2つのシステムから成っています。


欧米のIndustrial Ph.D制度は、共同研究型学位研究のみで構成されておりますが、このプログラムは、それとは大きく異なります。産学共同研究と並行して、修士の段階からしっかりした基礎教育と専門教育を施し、産学共同研究型の学位研究を行わせるプロセスが必要であるという考えで、プログラムを作っています。


ただ、課題もあります。一つは、Industrial Ph.Dと名づけている資格の公的認定が必要ではないか。それから、産学共同研究プロジェクトへの財政支援が必要である、ということです。このような人材育成システムには、これらの一段上の制度が必要であるというのが、実は今日の提言の中核です。

そこで提案しますのが、日本版Industrial Ph.D制度として国が創設する、IPSCAI制度です(下図)。産学官の連携をプラットホームとして、2つのサブシステムから構成されています。一つは、Industrial Ph.Dの称号の認定および授与にかかる公的制度です。もう一つは、学位研究として取り組んだ産学共同研究プロジェクトへの財政支援の制度です。この財政支援の制度では、後述するヨーロッパの制度のように、プロジェクト学生を当該企業が雇用するときの人件費や、それが不可能な場合には、給付奨学金等への補助が必要であろうと思います。さらに、このプロジェクトに参加している学生の所属大学への研究費支援が含まれるべきだと考えます。このような国の公的制度があれば、現在は私どもスーパー連携大学院がそれに近いことを行っていますが、そのスーパー連携大学院に限らず、産学共同研究型学位研究をベースとする各種の博士人材育成プログラムが国内各所で立ち上がると思います。そうすれば、イノベーティブ人材育成と、地域活性化に結びつくイノベーションの創出が継続的に進展していくのではないかと考えます。

諸外国の例として、Industrial Ph.D制度の運用で一番長い、44年の歴史を持つデンマークの例をご紹介します。その仕組みは、まず企業が学位レベルの研究テーマを公開し、そのいろいろなテーマに対して興味を持った学生が、教員や企業と組んで、運営機関に申請する。審査を受けて採択されれば、学生は3年間、企業に雇用され、その経費の半分は国から、それから大学に対しては共同研究費が国から保証されているというものです。ただ、この採択は厳しく、採択率は60%程度だそうです。

このシステムの実績を見ますと、参加企業は、首都圏の企業だけではなく、地方の企業も参加し、大企業だけではなく中小企業も参加しています。参加企業の業種は、テクノロジーだけではなくて非常に広い分野にわたっている点も注目すべきです。また、Industrial Ph.D制度への参加以降は、特許出願などの生産性が長期的に上がっているという成果も出ているようです。

下図は、フランスの「CIFRE」の例です。

また、下図はイギリスの「Industrial CASE」の事例と、その下半分は、ヨーロッパ全体で行っているEID(European Industrial Doctorate)というシステムです。いずれも、形式はデンマークと非常に似通っていて、成果も上がっているということです。

各国の事例を比較したのが下図です。実は、アメリカではこのようなシステムは見当たりませんでした。アメリカでは、TAやRAとして、ほぼ全ての学生が雇用され、経済的にある程度保証されているため、このようなシステムは不要であると思われます。実体としてはCO-OP教育のような、いわゆる就労体験がメインとなる教育を行っているようです。

私どもが提案しておりますIPSCAIという、Industrial Ph.Dシステムは、従来の博士人材育成システム、例えば卓越大学院や、それまでのベースになっているリーディング大学院への対案として提案しているわけではありません。そうではなく、このIndustrial Ph.D制度は、卓越大学院も含めたいろいろな博士育成機能を補完するものと位置づけられると考えています。


考え方として違うところは、対象です。卓越大学院等の従来の政策的取り組みは、選定された特定の大学院に適用されて、それに参画する企業も特定の企業に限定されます。ここで提案するIndustrial Ph.Dシステムは、全ての大学や学生や企業を対象として、審査の上、採択するというものです。ですから、言ってみれば地方活性化の種となるような人材育成や、地方企業の生産性の強化にも資するものになると主張します。

Industrial Ph.D制度を、国として設立することを提案いたしましたが、その実現のために、まずはこういう制度に関して産学官で検討する会議をぜひ設置していただきたいと思います。産業界も大学関係者も行政の方々もお入りいただいて、具体論としてその制度設計を行う検討を行っていくことを要望させていただきます。



運営:リベルタス・コンサルティング

 (協力:河合塾)

 

 

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